第12話:騎士はお父様に叱られる
屋敷につれていかれるなり、俺はいきなり風呂に入れられた。
ぼんやりしたまま何も出来ない俺に代わって侍女たちに身体をあらわれ、ひげを剃られ、服を着せ替えられたところで俺は少しずつ正気に戻り始めた。
「こんなにやつれて、お前いったいどこにいたんだ」
「川を見てたら、凄い時間が経ってて……」
「どれくらい見ていたんだ」
「家を出て翌日から、ずっと見てた……」
「まさか一週間もか? 食事は?」
「してない」
「死ぬ気か!」
「食べたいとも、飲みたいとも思わなくて……」
でもそれで何故死ななかったのだろうかと考えていると、突然ギリアムにばしっと頭を叩かれた。
「異変が起きたら報告しろと言っただろう」
「お、おかしいとも……思わなくて」
「とりあえず何か食べろ」
「……食欲がないんだ」
「それでも食べろ! あと、これをつけろ」
いうなり、何故だか眼帯を渡された。
何故いきなり厨二アイテムを渡されたのかとぼんやり考えていると、そこでギリアムは俺に眼帯を無理矢理つけさせる。だが不思議なことに、目を隠したはずなのに視界がまったく変化しない。
そこでようやく、俺は身体の異変に気がついた。
「俺の目……おかしいのか?」
「ああ。右目だけ悪魔みたいに真っ赤になっていた」
「……全然気づかなかった」
「いや、こうなるかもしれないとマルに言われていたのに、家を追いだした俺が悪かった」
「こうなる?」
「……お前が人間でなくなるかもしれないと、マルは心配していた」
もしかしたら、突然身体を触られたのもそのチェックだったのかもしれないと、今更思う。少なくとも、現実のマルは薄い本と違って男に欲情するタイプではなかったし。
「俺、結構まずい状況なのか?」
「お前、修行とか言って悪魔の血やら肉やらを薬にして飲んでいたそうだな」
「あ、ああ……」
「そのせいで、お前の身体はもうほとんど人間じゃないんだそうだ。その上魔帝に憑依されたせいで悪魔の部分が活性化しているから、少しずつ変化が起こるかもしれないと」
「それって、多分まずいよな」
「たぶんどころか相当まずい。この国では悪魔は排除されるべき物だから、変異したと知られれば、英雄から一転絞首刑だぞ」
「できたら、銃殺の方が良いな」
冗談のつもりだったのに、ギリアムに本気で頭を叩かれた。
「もっと自分と真剣に向き合え! お前はいつもいつも自分を蔑ろにしすぎだ!」
「そういうつもりはないんだ。ただ、どうしても守りたい物があると我を忘れるというか」
「そんなに、ギーザが大事なのか」
質問された瞬間、ぶわっと目から涙がこぼれる。
それにギリアムはぎょっとした。どうやら、相当見苦しい顔をしていたらしい。
「わかった! わかったから泣くな! この前お前とギーザの婚約を破棄すると言ったのは勢いだし、本気でしようとは思ってない」
「だが、ギーザは……そのつもりだ」
「もしかして、娘と喧嘩したのか」
「婚約破棄すると、笑顔で言い切られた」
「え、笑顔!?」
「あいつも記憶が戻って……。そうしたら、もう俺のことは……好きじゃないみたいだ」
「待て、お前とギーザは前世では夫婦だったんだろう?」
「結婚したけど、好きなのは俺だけだった」
「なのにお前は、自分を好きでもない相手のために悪魔にまでなったのか!?」
「まあそういうことになる」
呆れて物も言えないと、ギリアムが項垂れた。
もっともだと、俺も思う。
「でも後悔はしていない。おかげでお前の奥方を助けられたし、一瞬だけだけど両思いになれたし」
本当に一瞬だったけど、彼女からキスももらえた。
だからもう、それでよしとするほかない。
「……どこまで人が良いんだお前は。そんな程度で満足するんじゃない!」
「だってキスしてもらえたし、幸せだったし」
「一回だけだろ! むしろ一回しかしてない方が驚きだ! 驚きすぎてお前に娘のファーストキスを奪われたと聞いても複雑な気持ちにさえならん!」
「安心しろ。俺はもうお前の息子にはなれないから、これ以上複雑な気持ちになることはない」
「いや、俺の息子になれ。もうここまで来たら諦めるな。お前はいい加減幸せになるべきだ」
「だが親なら俺よりもギーザの幸せをとるべきだろう。悪魔になりかけてるならなおさら、彼女にはもっといい旦那を……」
「お前ほどの旦那がこの世にいるか! 生まれ変わっても一途で、命まで張る馬鹿な男なんてそうそういないぞ!!」
「いやでもここは乙女ゲームの世界だし、そういう一途系はいっぱい……」
「いても俺はお前がいい!! お前以外にパパとは呼ばれたくない!!」
そう断言すると、ギリアムは俺をベッドに無理矢理寝かせる。
「食事を持ってくるまで少し寝ていろ。ギーザのことは俺が何とかする」
「だが……」
「良いから休め!!」
「は、はい」
有無を言わせぬ声に、俺は渋々目を閉じる。
そういえば、俺はこの一週間一睡もしていなかった。そう気づいた瞬間、俺の意識は闇へと吸い込まれていった。
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