「リア充の定義」リア充の定義

皆様諸君。

「リア充」

という言葉を耳にしたことはあるだろうか?


約8割の人間が「嫌い」と決める言葉。


リア充とは、ネットで書かれてる定義と、

皆が思っている間違った定義を直していこうと思う。


ネットで「リア充の定義」と検索すると、


「リア充とは、実社会における人間関係や趣味活動を楽しんでいること、またはそのような人。「リアルが充実している」の略。 具体的に言うと、たとえば張り合いのある職業に就いている人、独身者の場合は恋人に恵まれている人、既婚者の場合は暖かい家庭を築けている人。」


等と長ったらしい文章で書かれているが、

端的に言うと「リアルが充実している人」が、「リア充」の定義らしい。


そして、皆さんが間違った定義だと、


大体の人は

「リア充は死ね、リア充爆発しろ。」

と言っているが、

その人たちの定義は、

「リア充」=「彼女持ち」

という定義が定着しているらしい。


では、ネットの定義で、こういうことを言うと、「リアルを充実している人」を死ねや爆発しろと言っていることになる。


つまりは、自分の親や、友達等に死ねと言っているようになる。


親たちは、充実していたからこそ、子供を作った。


家庭としては色それぞれだが、その時は充実していたから、作った。

それをバカにするやつはどうかしていると、ネット定義では思われるだろう。


リアルが充実しているということは、

ゲームしてて楽しい、や、自分で打ち込んでいるもの、やりこんでいる物、張合いのある事柄、その事をネットでは指す。


これは、自分へのアンチテーゼに他ならない。


言うなら、知らず知らずの間に、自分を虐げる、自虐をしているのだ。

それに気づかずにいる。


それに、皆は

「リア充爆発しろ」

などと書いて、人を貶し、自分があたかも、その「リア充」よりも上の立場にいると、思い込んでいる。

それが楽しくて、快感で書いているやつが多いだろう。


他者からしたら、暇だな〜か、馬鹿だなーと思われて仕方がないのではないか。


人は過ちを繰り返すが、

まず、自分が過ちと思っていなければ、

繰り返している自覚がない。


リア充が偉いと心の中で思っている自体おかしいのだ。

リア充が上なら、暴言を書いて上にいるように思う。


これは圧倒的な矛盾だ。


筋が通らない。

元々筋が通ってない事柄だがね。


この言葉を使っているということは、

知らず知らずのうちに、自虐をしている。

と言ったが、訂正しよう。


知らず知らずのうちに、

君たちは、「自分の価値を自分の手で落としている」のだよ。


それに気づかず、快感を求めて、書く。

無限ループ。

元々、赤の他人を羨む時間があるなら、

自分の人生を少しでも楽しく過ごすように努力するべきだ。


他人を羨む資格は何もしていない君たちにはない。


他者は他者なりに苦労して、出会い見つけたパートナーがいるのだ。


その苦労を知らないで羨むなどできることではない。

君たちのやっている事は、ただのクズ以下の行動だ。


ここまで言って、これを見てまだ描き続けるやつは、自分の価値が0から-が着くことを覚えておくといい。


忠告されてやるやつは、学ばない中毒者だ。


ただ、この話だと「リア充」の定義は、


「他者から羨ましく思われる存在の事」

となる。


あながち間違ってはいない。


ただ、それだけでは惜しい。


他者から、羨まれても、

羨まれる人が、

「リアルを充実している」というと、

それは違う。


彼女などがいるだけで充実していない人だっている。


だから、正しく直すと

「リア充」とは、


「リアルを楽しく過ごせている者」

を指す。




何が違うんだと思うかもしれないが

充実とは少し違う。


充実とは、今、楽しい。

今が一番いい時期のことを言う。


楽しく過ごすということは、

その事が当たり前のようになっていく、

つまりは、充実感が一生続くことを指す。


この考えに基づけば、今が楽しければではなく、これからも楽しく過ごすことがリア充の定義の第1歩である。


人を貶すことでしか、優位性を保てない人はこの1歩は一生踏み出せない。


まず、踏み出し方を知らないからだ。

ただ、踏み出し方のヒントは私には出せない。


なぜなら、

その1歩は、その人の人生から連なる物で、他者の私が、

君たちの人生を知る訳ではない。


青春を謳歌すれば、リア充ではない。

恋人がいるだけでは、リア充ではない。

1人でゲーム等をして、

楽しむことが、リア充ではない。


全て大切だが、その時間が一生続くようになって、死後「私はリア充だった」と言えるようになれば、それはその人の、その人なりの「リア充」になれたのだから、他者が口出しする権利はない。


意味が分からないという人。


沢山いるだろう。


誰でも分かりやすく言おう。

これで分からないのは、小学一年生くらいだろう。

簡単な言葉だ。


「今、君たちが求めている「リア充」という概念は間違っている」


正しい物は、手に入れてから分かるものだ。

皆も頑張るよう努力するといい。























ここだけの話、

私はまだ、高校生なので、

彼女も恋人もいないが、

リアルは充実している。


なぜなら、私は、これでも、とある世界では有名人なのだからね。





では、おさらばだ。

一旦、リア充を追い求める自分を見つめ直すといい。

自分なりの答えが出る。


それが正解に近い答えだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る