第2話「甘々マッサージ」

恥ずかしさを紛らわすため、すぐさま結花ゆかの部屋に戻り、正座する。

結花が帰ってきたら速攻で土下座して謝ろうと心に決めた。


とはいえ結花が着替えて戻ってくるまで、もう少し時間がある。

そこで俺はいつものように、スマホを取り出し、YouTubeアプリを開くと、大好きな配信者の放送予定を確認した。


「今夜も放送あるんだな」


チェックしたのは、とあるASMRチャンネル。毎日のように生放送で耳かきやマッサージ音を配信しているチャンネルであり、ここ最近の就職活動の疲れを解消するため、俺は欠かさずその配信を聴いて、毎夜毎夜、癒されているのだった。


修太郎しゅうたろうさん?」


いつの間にか、結花が部屋に戻って来ていた。


「ご、ごめんさない! さっきは勝手にお風呂場にお邪魔しちゃって……」

「そのことなら、もういいですよ。それより、このチャンネル……」


俺のスマホ画面を覗き込む結花。シャンプーのいい香りがする。


「ああ、気にしないでくれ」


何となく恥ずかしくなって画面を隠す。


「ふ〜ん、修太郎さん、こういうの好きなんだ?」


すると結花はベッドの上にぺたんと座った。

よく見たら、結構大胆な部屋着を着ているな。


「修太郎さん、来てください」


そう言いながら、結花は自分の膝をぽんぽんと叩いている。


「へ?」

「お耳かきしてあげます」

「はい⁉︎」

「ASMR、好きなんでしょ?」

「す、好きだけど……」

「だからわたしがリアルASMRしてあげます。傘に入れてくれたお礼です」


いや、そこまでしてもらえるほどのことをしたつもりはないんだけど……。


「でもご両親が帰って来ちゃうよ。俺みたいな変な男を家に上げてたとバレたら怒られちゃうよ?」

「大丈夫です。両親は共働きなので。九時までは絶対に帰って来ませんから安心してください。ね? いいからほら、来て」


結花は本気の様子である。

仕方なく俺は言われるがまま、ベッドの上に横になり、女子高生の膝の上にそっと頭を乗せた。人生初の膝枕だ。

俺の頬に結花のすべすべの肌が触れる。


まず最初に、結花は耳かきを始めた。

女の子に耳かきしてもらうなんて、これまた人生初の体験。


「気持ちいいですか? 痛くないですか?」

「うん。すごくいい」


とても優しくて繊細な耳かきだった。


「じゃあ、次は反対の耳です」

「お、おう」


その言葉に従って、俺は頭を一八〇度回転させた。

すると目の前に結花のお腹が……。

密着する俺と結花の身体。石鹸のいい香り。

しかも、結花が無防備な部屋着姿をしているせいで、ものすごい至近距離に彼女のおへそが見えるっ!


しかしなおも、結花は耳かきを続ける。

今度は梵天のふわふわな綿毛が耳の周りを撫でた。


なんという気持ちよさだろうか。

俺はここ最近の疲れから解放されて、思わず、はあ……と大きくため息をついてしまった。


「どうしましたか? つらいことありましたか?」


そんな俺の心の内を結花が察したようだった。


「あぁ……まあちょっと。その……就活がうまくいかなくてさ……」

「ん〜、なるほど。修太郎さんはすごく頑張ってるんですね。じゃあ、わたしが応援してあげます」

「ありがとうな」

「えらい、えらい。いい子、いい子」


結花が俺の耳にふ〜っと息を吹きかける。ゾワゾワとした快感がする。


「でも、今だけは全部忘れていいんですよ。今だけは頑張らなくていいんですよ」


甘々な彼女に俺はどんどん癒やされていく。


「ご褒美に、最後の耳ふ〜です」


ささやきとともに、もう一度、結花の息が吹きかけられた。


すると今度は、結花は手にオイルを取り出し、その可愛らしい手で、優しく俺の耳を撫でる。オイルを使った耳マッサージだ。


「リラックスできますか?」

「うん、めちゃくちゃリラックスしてるよ。すごくいい」


その優しい声と繊細なマッサージは、俺が愛するASMRチャンネルの配信を彷彿とさせた。


「君のマッサージの仕方、さっき見せたASMRチャンネルのそっくりだな」

「へ〜、そうなんですか。ふん、それで?」

「そのチャンネルは、チャンネル登録者がまだ一万人もいないようなチャンネルなんだけどさ、音がすごいんだ。それに何より、声がとっても優しくてさ。それが大好きで、毎日コメント欄にコメントしてたら、その人、欠かさずコメントを返してくれるようになって。何と言うか、俺にとって特別な人なんだ」


俺がそう言った瞬間、耳マッサージをする結花の手が止まった。


「うそ……」


寝そべる俺の顔を、驚いた表情で覗き込んで、


「もしかして……しゅーくんなの?」と言った。


「なぜ俺のYouTubeのアカウント名を知っているっ⁉︎」

「なぜってそりゃ……まだ分からないですか? わたし……」


その瞬間、俺はハッとした。

この声、このささやき、そして結花と言う名前。

全てが繋がって、ようやく俺は気付かされた。


「まさか結花って……Yuka ASMRチャンネルの、あのYukaなのかっ⁉︎」


そう。俺が毎日欠かさずチェックしているYouTubeチャンネル――Yuka ASMRチャンネル。

結花はあのYukaだったのだっ!


リアルのYukaに耳かきされたり、マッサージされたり。

こんな体験ができるなんて、何という天国なのだろう!


喜ぶ俺が膝の上から見上げると、しかし結花は、なぜだか少し辛そうな顔をしている。


「ほんとに、しゅーくん……なんだね」


結花の頬に一筋の涙が垂れていた。


「ど、ど、どうした……?」

「いえ……気にしないでください。わたし、ただとてもうれしくて」


結花はゆっくりと彼女の思いを語り始める。


「わたし、あんまり積極的な性格じゃないから、学校では全然友達ができなくて……。そのせいで、毎日学校に行くのが嫌だったんです。あの頃はすごく孤独で、とても寂しい日々を送っていました。だからね、誰かと繋がり合えるような新しいことを始めてみたくなったんです。それで配信を始めたんです」

「うん」

「けれど、わたしの配信を見てくれる人なんて最初は全然いなくて……。でもそんな中に毎日欠かさず、コメントを残してくれるとっても優しい人がいたんです。それが励みになってわたしは毎日、配信を続けることができました。そして今、分かりました。そのとっても優しい人というのは、あなただったんですね」


なるほど、そんな思いで配信してたんだな……。


「しゅーくんのコメントが毎日の支えでした。そして今日は、ずぶ濡れになっていたわたしを傘に入れてくれたりもして……」


結花の手が俺の顔を優しく撫でる。


「しゅーくんは本当に、本当に、いつもわたしを助けてくれます。わたしはこれまでずっとあなたに支えられて生きてきました……」


膝の上で寝る俺に覆い被さるように顔をかがめて、


「しゅーくん……大好き」


俺の頬にそっとキスをした。


◇◇


シチュエーションが好き、結花が可愛いと思えた方は、★いただけると幸いです!

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