真名解放

「やった! ゼルどう!?」

「ああ、ちゃんと魔法を食ったぜ」

「よかったー。これで……」



 一安心。そう思ったが……。



「まだだ!!!!」



 ゼルに吹き飛ばされ、魔法を吸収されたはずのマーモンが立ち上がった。



「どう、して……? 大罪魔法はもう吸収したはずなのに」

「ああ、してやられたよ。まさか、ゴブリンと小娘にやられるとはな。この俺が大罪魔法を奪われるとは。だが、残念だったな。まだ、貴様らから奪った魔力が残っている!」

「そんな……」



 こっちはもう満身創痍なのに。

 いくら大罪魔法が無くても、私たち三人の魔力を持った悪魔が相手じゃ勝ち目がない……。



「マナ、そんな不安そうな顔するな。こっちにはあいつから奪った魔法がある」

「え? 魔法って……大罪魔法に属性なんてあるの……?」

「いや、ないっぽい。それにディスガイナは全ての属性に対応してるわけじゃねぇ」

「じゃあ、どうやって……」

「まぁ、見てろって」



 そう言って、ゼルはマーモンの元へと歩いて行く。



「ゴブリンが!!! 貴様だけは必ず殺す!」



 マーモンは完全にブチ切れていて、我を忘れている。



「見せてやるよ。ディスガイナの最終形態を」

「あ!?!?」



 ゼルは静かにディスガイナを構えた。



「真明解放」



 ゼルがそう口にした瞬間、綺麗な桜吹雪が彼の体を包み込む。



「な、に……?」



 この感じ、ディスガイナが換装した時と全然違う。



「吹き荒べ!“夜桜よざくら”」



 フワッと桜吹雪が散ると、ディスガイナだけでなくゼル自体の雰囲気も変わっていた。

 裾部分だけが薄い桜色に染まっている白い衣をゼルは纏っていた。



「おい、何の冗談だ?」



 そして、ゼルの手にしている武器は……。



「木刀だと?」



 剣でも槍でもない。

 赤くもなければ緑色でもない。

 それは至って普通の木刀。



「ふざけてんのか、てめぇ!!!!!!」



 マーモンは鋭く尖った爪を振りかざし、ゼルを襲う。



「イービルネイル!」



 しかし、その攻撃はゼルを捉えることはなかった。



「消え……」

「こっちだ」



 一瞬でマーモンの背後を取ったゼルはそのまま木刀を振り下ろす。



「ぁ!」



 ゼルの攻撃をまともに食らったマーモンは床を突き破り、下階へと吹き飛ばされた。



「な、に……これ?」



 ゼルのスピード、それに攻撃の威力。どれをとっても今までとは比べ物にならないほど能力が上がっていた。



「クソがぁ!」



 だけど、敵も私たち三人分の魔力を奪った悪魔。

 羽を使って最上階であるここへ戻ってきた。



「イービルコア!」



 マーモンの両手から無数の魔力弾が放たれる。



「ゼル、危ない!」



 でも、ゼルはその場から動かなかった。



「天導流桜華おうか天剣乱舞てんけんらんぶ”」



 凄まじい剣捌きでマーモンの魔力弾を全て弾いた。



「なに!?」



 全ての攻撃を木刀一本で受けられると思っていなかったマーモンは驚きを隠せなかった。

 当然、その隙をゼルは逃さない。



「天導流桜華“絶衝ぜっしょう”」



 一足でマーモンの懐に飛び込んだゼルは真一文字に木刀を振るう。



「うあ……」



 マーモンは小さい声を漏らしながら、またしても吹き飛ばされる。

 気のせいだろうか。ゼルが木刀を振るうたびに桜の花びらが散るのは。

 でも何となくそれを見て私は……。



「綺麗……」



 そう思った。



「はぁはぁ……」



 一方的にやられているマーモンは息が上がっており、この調子ならゼルが勝てそうだった。

 だけど……。



「ぐふっ!」

「ゼル!?」



 当然、ゼルが口から血を吐いて、膝をついた。



「なに? いつ攻撃を食らったの!?」



 早すぎて目があまり追いついていなかったけど、その一瞬の間にカウンターを食らったの?



「…………」



 いや、違う。マーモンも何が起きたのか分かっていない様子だ。



「やっぱ、この形態は長く持たないな……」

「ゼル、何が起きて……」



 私がゼルに尋ねる前にマーモンが大声で笑いだした。



「ははははははははは! そうか、そう言うことか!」



 どうやらマーモンは何かに気が付いたようだ。



「貴様、その木刀を通して魔力を体に流しているな?」



 魔力……? ホントだ……。

 よく見ると木刀から少しづつゼルの体に魔力が流れている。

 ゼルの身体能力が飛躍的に上がったのはその魔力のおかげだったんだ。

 でも、なんで血を吐いたの……?



「この世のあらゆる事象に理由というものが存在する。当然、ゴブリンに魔力が無いのにも理由がある」

「ゴブリンに魔力が無い理由……? そんなものがあるの……?」

「あるさ! ゴブリンにとって魔力とは毒そのもの。昔、魔力を得ようとしたゴブリンが自身の体内に無理やり魔力を取り入れた結果、死に至ったケースがいくつもある。死なないギリギリのラインを上手くコントロールして魔力を流しているようだが、それも時間の問題だ」

「それじゃあ、ゼルは……」

「このまま戦い続ければ、死ぬ」

「そんな……」



 ゼルはそのことを分かってて、夜桜の能力を使っているの?



「ごちゃごちゃうるせぇな。とにかくてめぇをぶっ飛ばせる力があればそれでいい」

「大した覚悟だ。他人のために自分の命を懸けるのか。はっ! くだらねぇ。死んだらそれまでだろうがよ!」



 そんな、死に物狂いで戦ってるゼルを笑うだなんて。



「それの……!」



 何が可笑しいの、そう叫ぼうとした時、ゼルが立ちあがった。



「ははははははははははははははは! お前の言う通りだ。命を懸けるなんて馬鹿げてる。そんなものは弱い奴のすることだ。死んでも守るなんて言うつもりはねぇ」



 ゼルは木刀の切先をマーモンに向ける。



「生きて守り抜く。それが俺の目指す勇者だ」

「くだらねぇ。理想は語り終えたか? ここで死ねば結局同じだろう」

「だから、言ってんだろ。俺は死なねぇ」

「なら、やってみろ」



 マーモンは羽を広げ、上空へ飛ぶ。



「空を飛べるならな」



 マズイ。マーモンはこのまま空を飛んでゼルが力尽きるまで時間を稼ぐつもりだ。



「ゼル! ここは一旦引きましょう。それで騎士団本部に……」

「逃げてどうする?」

「え?」

「ここで逃げてその騎士団本部に連絡して、増援が来たとして、あいつはどうなる?」

「あいつ? マーモンのこと? それは……」

「いいや、それじゃねぇ。体の元の持ち主、ジェイドのことだ」

「それは多分……」



 殺されるだろう。まず間違いなく。



「俺はあいつに言った。救うと」

「で、でも、あの人は敵だし、世界的な犯罪者だし、魔王になろうとしていたし……」



 助ける理由なんて……。



「あいつが敵であることも、世界的な犯罪者であることも、魔王になろうとしていたことも、何一つ見殺しにする理由にはならねぇ」

「ゼル……」

「俺は決めてんだ。例え魔王だって救ってみせると」



 ゼルのその瞳を見て、私は彼を止めることは出来ないと悟った。



「時間的に、これが最後の一撃だ……」



 勝負を急いだゼルはジャンプして、マーモンの元へと向かう。

 ダメ、それは……。



「はっ」



 マーモンは勝ちを確信したのか笑みを浮かべていた。

 上空じゃ、マーモンの攻撃を避けられない!



「死ね! ゴブリン!」



 マーモンは右手に魔力を収束させ、その拳をゼルに向かって放つ。



「“悪魔の一撃メメント・モリ”」



 私はゼルのやられる姿を見たくなくて目を逸らそうとした。

 でも……。



「にっ」



 笑った……?



「天導流無式……」

「え……」

「なんだと……?」



 マーモンの拳がゼルに触れる寸前だった。

 私とマーモンはゼルの信じられない行動に目を疑った。



「“無月”」



 ゼルは空中を蹴って、そのまま一回転してマーモンの攻撃を避けつつ、頭上を取った。

 それは私もマーモンも知らなかった、天導流の技。


「天導流桜華……」



 ゼルは切先をマーモンに向けたまま、また空中を蹴って、真下へ急降下する。



「“雪月花せつげつか”!」



 そして、ゼルはそのままマーモンと共に真下へと落ちていった。



「ゼル!」



 私は体を引きずって、ゼルが落ちていった穴の近くへと向かい下を覗き込む。



「ふん!」



 すると、ゼルがこっちを見上げてピースしていた。

 その傍らでは元に戻ったジェイドと一冊の魔導書が転がっていた。

 恐らく憑りついていたマーモンが消えたのだろう。

 つまり、これで……。



「俺たちの勝ちだ!」

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