元シスターVS.自称王子

 ディオナ神殿入り口前――。



「おらおらおらおら!!!」



 数十人を超える翡翠の妖狐のメンバーに囲まれたレミリアだったが、その数に臆することなく次々と敵を殴り飛ばしていく。



「おい! 誰か何とかしやがれ! 敵はたった一人だぞ!」

「無茶言うな! あいつ強すぎる!」

「クソ、これじゃ中に入ったネズミどもを追えねぇ」

「マスターの作戦じゃ、騎士団はまだ来ないんじゃなかったのか! 周辺の見張りに人数を割いたせいで中はがら空きだぞ」

「ああ、そのはずだった。だが、お前も見ただろ。上空をとんでもない速さで移動してたのを。ユミルにいた連中から連絡が途絶えてまだ二時間。こんな短時間で来るだなんて誰も予想してなかっただろ」



 翡翠の妖狐の作戦ではユミルに騎士団の目を釘付けにし、その間に大罪魔法の封印を解く手はずだった。

 しかし、レミリアの常人離れした魔法によって短時間でディオナ神殿に彼らはやってきた。



「どうしたどうした。こんなもんか!? まだ足んねぇぞ!」



 レミリアは魔法を使わず体術だけで、数十人もの敵を圧倒していた。



「ふむ、侵入者が来たという報告を受けて来てみれば、この状況はどういうことだい?」



 敵の集団の最後尾。そこに新たな男が現れた。

 年のころは二十代前半。仰々しいマントを羽織り、頭にはクリスタルで出来た王冠のようなものを付けている。



「グ、グリード様!」



 その男の登場に気が付いた翡翠の妖狐メンバーの一人がその名を口にした。



「ああ、君。ちょうどいい、今の状況を簡潔に述べたまえ」

「は、はい!」



 グリードに指を指された男は現状を報告した。



「なるほど。侵入者は四人、うち三人はすでに神殿の中か。だが、まぁ問題はあるまい。中にはスチールもメイヴィスもいる。先に行った三人は彼らに任せればいいだろう。彼女の相手は僕がする。君たちは下がっているといい。あれは君たちの敵う相手ではない」



 グリードは部下たちを下がらせ、レミリアの前に立つ。



「ん? なんだあんた? 他の奴らとは違うな?」



 明らかに毛色が違うグリードを見て、レミリアは警戒心を上げた。



「君の噂は聞いているよ。確か、そう、撃滅の巫女レミリア・ユークリウス」

「アタシのことを知っているのか?」

「ああ、君は一部界隈では有名だよ。元修道女にもかかわらず、戦闘力だけ見れば間違いなく帝国騎士団最強の一角と言える化け物」

「へぇ~分かってんじゃん」



 褒められたと受け取ったレミリアは嬉しそうに笑った。



「んで、あんたは誰だ? アタシはあんたのこと知らない」

「僕かい? 僕は王子だよ」

「ん? 王子?」

「そう。北方にあるコーディリア王国の王子さ」

「コーディリア、だと? あそこは五年も前に滅んだはずだ」

「その通り。コーディリアは滅んだ。いや、正確には僕が滅ぼした」

「あんたが? たった一人でか?」

「いいや、流石の僕でも一人で国を滅ぼすのには骨が折れる。だから、マスターの力を借りたんだ」

「マスター……ジェイドか。裏でそんなことまでやってたのか。こりゃ罪状が増えたな。それで? 王子であるあんたが、なんで自分の国を滅ぼす?」

「決まってるじゃないか。僕は王子だ。なのに、僕以外にも王子がいた。それが許せなかった。だから、国ごと滅ぼした」

「あ? 言ってる意味が分からねぇ」

「それは仕方がないことさ。だって、君は王子じゃない」

「ま、そうだな。犯罪者の考えることなんて分かりたくもねぇ。でも、一つ引っかかる。王子であることに固執しているあんたがなんでジェイドの下についてんだ?」

「目的が一致したからさ。僕は僕以外の王子をこの世から無くし、世界で唯一の王子になるためマスターに協力している」

「王族で何もかも手に入れられる立場だったのにそれを捨ててまで犯罪者になりたがるとはな。マジで何考えてんのか分かんねぇな」

「別に僕だけじゃない。翡翠の妖狐にはこの世界に対して不満を持つ貴族や王族が少なからずいる」

「ただのチンピラ集団じゃないってことか」



 レミリアは面倒くさそうに舌打ちをした。

 貴族や王族は遺伝的に高い魔力を持っている。魔力が高い、それだけで十分な戦力になる。

 それはつまりただの雑魚集団だと思っていた翡翠の妖狐にはその戦力になる人材が集まっているということになる。

 だから、神殿に新人を三人だけ行かせたのは判断ミスだったかもしれないとレミリアは後悔した。



「特に僕を含めた三人の幹部は君の騎士団で言うところの上級騎士に匹敵する。先に侵入した三人がどれほどの実力化は知らないが、中には内二人の幹部が控えている。その意味が分かるかい?」

「っち!」



 レミリアは咄嗟に振り返り、神殿に向かおうとする。



「おっと、行かせないよ」



 突如として桜吹雪が舞い散り、レミリアの行く手を塞ぐ。



「っく、今までも無駄話は私を足止めするためか」

「ご明察」

「足止めのつもりで残ったつもりが、足止めされてたのはアタシの方だったか」



 レミリアはグリードの方を睨む。



「でもま、秒であんたをぶっ飛ばせば問題ないな!」



 レミリアは地を蹴り、グリードに向かって拳を振るう。



「無駄だよ」



 桜吹雪がレミリアの拳に纏わりつき、勢いを殺す。その為、グリードに届く前に拳が止まった。



「まさか、魔法なしで僕に勝つつもり?」



 グリードが指をパチンと鳴らすと、レミリアに纏わりついていた桜吹雪が弾け、レミリアは後方へ吹き飛ばされる。



「いや、そもそも魔法が使えないのかな? ここに来るまで随分無理しただろう?」



 グリードは手を大きく上げ振り下ろす。

 すると、その動きに合わせて、桜吹雪がレミリアを襲う。



「あはは! いくら撃滅の巫女と言えど、魔力が無ければただの人。余裕で勝てそうだ!」



 グリードは高笑いし、止めどなく桜吹雪の攻撃を続ける。



「しゃらくせぇ!!!!」



 レミリアのその叫び声と共に桜吹雪が吹き飛んだ。



「なっ! 魔力がもう尽きていたんじゃないのか!? さっきまで魔法を使わずに戦ってたじゃないか!」

「残念だが、それは少し違う。温存してたんだ。あんたみたいな幹部と戦うために」

「っく! ブラフだったのか。だが、魔力の残量が少ないことには変わりない! ここで倒す!」



 グリードは両手を上げ、レミリアに向かって振り下ろそうとした。

 だが……。



「なん、だと……っ!」



 グリードは手を挙げたまま固まっていた。



「体が、動かない……。何をした!」

「“グラビティ・ロック”。全方向から重力をかけて体の自由を奪う魔法だ」

「…………は?」



 グリードはレミリアの言っている意味が分からず、素っ頓狂名声を漏らした。

 いや、言っている言葉の意味は理解している。しかし、頭がその事実を認められないのだ。

 レミリアはなんてことないように言ったが、人の動きを止めるために全方向から重力をかけるということは、寸分たがわず全く同じ重力をかけなければならない。

 少しでも重力をかける力を間違えれば、その方向に体は動き続けてしまう。

 見た目の豪快さとはかけ離れた繊細な魔力コントロールにグリードは息を呑んだ。



「あの変態野郎の技を真似るのは癪だが、アンタ一人に時間はかけてられない。次で決める」



 そう言うとレミリアは指をくいっと自分の方向へ向ける。



「な、なんだ、体が勝手に……」



 すると、グリードは段々とレミリアの方向へと引き寄せられていく。

 重力をかける方向を変えたのだ。

 そして、その引き寄せる力は段々と強くなり……。



「重力拳柔術……」



 レミリアは拳を構え、グリードの方へと飛んでいく。

 当然、重力を横方向にかけ、加速させていく。



「く、来るな!」



 この後、自分がどうなるか悟ったグリードだったが、もう遅い。

 レミリアの重力操作により、互いに引き寄せあい、そして、その速度はまさしく光の速さ。



「“疾風迅雷”」



 レミリアとグリードが重なり合う瞬間、レミリアは拳を突き出し、グリードの腹部に突き立てる。



「ぐはっ!」



 その瞬間、グリードにかかっていた重力を解き、後方へと吹き飛ばした。



「そ、そんな……グリード様が……」

「ひ、ひぃ!!!」



 グリードが敗れた事実を目の当たりに他のメンバーたちは勝ち目がないと逃げ出し始めた。

 しかし、そんな彼らを前にレミリアは執拗に追いかけるようなことはしなかった。



「…………っく」



 周りから人がいなくなったことを確認した後、レミリアはゆっくりと膝をついた。



「流石に魔力を使いすぎたか……。こりゃ、少し回復するまで待たないといけないな」



 レミリアは後ろを振り返り、ディオナ神殿の方を眺める。



「少し遅れるが、死ぬなよ。新人トリオ」


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