翡翠の妖狐

「ごめんなさい。お待たせしました」



 着替え終わり、一階の酒場に来るとすでにゼルとルーク団長の姿があった。

 それと……。



「あれ? ヘイヴィアもういいの?」



 当たり前のようにヘイヴィアの姿もあった。

 ヘイヴィアは一昨日の一件で療養中のはずだったんだけど、何故かピンピンしていた。



「おう、問題ねぇ」



 流石、吸血鬼。怪我の治りが早いのね。



「さて、朝早くから君たちに集まってもらったのは他でもない。新たな任務だ」



 新たな任務、と聞いて私は身構えた。

 団長じきじきということはどうせろくな任務じゃないに決まっている。



「まずは情報共有から。君たちが連れて帰ってきたリゼっていう子から色々と話を聞かせてもらってね。色々と分かったことがあるんだ」



 リゼさんは私たちがカルデネ洞窟から連れて帰った後、本部に引き渡すことになった。

 ヘイヴィアはごねていたけど。

 そして、リゼさんは今、捕虜という扱いで本部の牢屋にいるそうだ。



「まず、アルケ村を襲った連中の正体が分かった」

「え、ちょっと待ってください。なんで、いきなりアルケ村の事件が? タイタンと関係あるんですか?」

「まぁまぁ、落ち着いて。順を追って話そう。まず、向こうがリゼを、カリストで言う団長クラスをカルデネ洞窟に派遣した理由は翡翠の妖狐が関係しているそうだ」

「ひ、翡翠の妖狐ってあの犯罪者ギルドのことですか!?」

「おや、マナは知っているようだね」

「当り前じゃないですか! 新聞読んでたら誰でも知ってますって」

「ほ~ん、翡翠のふ~ん」

「あ~あれね、うんあれのことか」



 なんか知ったかぶりしてるのが若干二名いるが、無視無視。



「タイタンはその翡翠の妖狐がカルデネ洞窟を訪れるかもしれないという情報を掴んでいたようで、その対策としてリゼを送り込んだようだ」



 その判断は頷ける。

 翡翠の妖狐は世界的に有名な犯罪組織で、そのギルドマスターは禁術魔法で一国を滅ばしたという凶悪な犯罪者である。



「…………あれ? ってことはもしかしなくても、私たちタイタンだけじゃなくて場合によっては翡翠の妖狐と戦ってたかもしれないってことですか?」

「そうなるね」



 あはー。この団長は簡単に言ってくれちゃってもう。

 翡翠の妖狐と鉢合わせなかったのは運が良かったと言わざる負えない。



「で、翡翠の妖狐についてだけど、うちとしてもあまり情報がなかったんだ。けど、リゼの話によると翡翠の妖狐の下部組織、というか彼らを崇めている連中は翡翠色のローブを羽織っているらしい」

「それってアルケ村を襲った人たちと特徴が一致しますね。でも、崇めているってどういうことですか?」

「翡翠の妖狐は一種の宗教みたいなものになっているらしい。で、翡翠の妖狐はそういう連中をトカゲの尻尾のような扱いをしているって話だ」



 それはつまり、足がつかないように信仰心を利用して信者たちに悪いことをさせてるってことね。



「それでカルデネの地下都市には大罪魔法がなく、君たちよりも先に誰かが侵入した形跡があったんだろ?」

「はい。既にカルデネ洞窟の奥にある隠し通路が……え? ってことはじゃあ、大罪魔法は既に翡翠の妖狐が手にしているってことですか!?」

「その可能性が高いようだ」



 それって一大事じゃないですか! 

 国を滅ぼすほどの力を持つ大罪魔法がそんな犯罪組織の手に渡ってしまったら、どんな悪いことに使うか想像に難くない。



「で、翡翠の妖狐の目撃情報を集めていたんだけど、どうやらユミルという街にギルドマスターであるジェイドがいるらしい、という情報を得た」

「え!? ジェイドってそれマズイじゃないですか!?」

「そうなのか?」

「さぁ?」



 驚いている私をよそに、ゼルとヘイヴィアはまたしてもそろって首を傾げていた。



「ジェイドって言ったら、禁術魔法を使って一国を滅ぼしたテロリストだよ! カリスト帝国でも高額の賞金がかけられた犯罪者だよ!」

「何!? 金だと!?」

「いくらだ! そいつ捕まえたらいくらもらえるんだ!?」

「二人とも食いつくところそこじゃないよ!」



 なんで二人ともお金に目がくらんでるの。

 大体、世界各国が彼の首を狙ってるほどの超大物犯罪者なんだから私たちにどうにか出来る相手じゃないって。



「カリスト帝国では彼の首にかけられた懸賞金は金貨百枚だよ」

「金貨百枚って給料いくら分だ?」

「さあ、五年分とか?」

「どんな計算してるのよ。昇給しない前提で私たち新人の給料換算だと、約百年分よ」

「なに! マジか! はいはい! 俺がそいつ捕まえる!」

「ばっか! ゴブリンなんかじゃ相手になんねぇよ。俺が捕まえる」



 団長に懸賞金を聞かされたゼルとヘイヴィアはやる気に満ち満ちていた。

 だから、私たちが束になってもどうしようもない相手なんだって。

 どうせ団長からの依頼だって、ジェイドの捕縛じゃなくて情報収集だと思う。

 入ったばかりの新人にはちょうどいいくらいの任務だろう。

 大体アルケ村やカルデネ洞窟の件は例外中の例外。最初はやっぱりこれくらいの難易度が普通だって。



「うん、二人ともやる気があっていいね。それならお願いしがいがある」



 そう思っていた。



「それじゃ、任務内容を伝えるよ。三人にはジェイドの探索、そして見つけ次第彼を捕えてほしい。もちろん、生死は問わない」



 ウソ……でしょ?

 待って待って待って待って待って! え? 今団長なんて言った?

 ジェイドを捕まえてほしい? いやいやいやいや無理だって! 絶対無理。



「やっほー! 金貨百枚ゲットだぜ!」

「だから、お前には無理だって。俺が捕まえて取り分は全部俺のだ」



 だからなんでこの二人はこんなにやる気でしかもそんなに自信満々なの?

 一国を滅ぼしたテロリストが相手なんだよ? 絶対勝てっこないって。

 そもそも相手はマスターのジェイド一人とは限らないし、構成員も何百人っているしたった三人の新人で手に負える相手じゃないよ!?



「あの~、団長? いくらなんでも私たちだけでこの任務は無理だと思うのですが……」

「大丈夫。流石に君たちだけじゃないよ」

「あ、そうなんですね」



 よかった~。他にも参加する人いるんだ。

 他の師団の人たちかな? うちにいるメンバーだけじゃ流石に人数足りないと思うし。



「それじゃ、レミリア、頼めるかい?」

「お? 私か? よっしゃ! 話聞いててやりたいと思ってたんだよ。ジェイドってやつの生死は関係ないんだよな」

「うん、好きにやってきていいよ。あ、でも、新人の面倒はちゃんと見てね」

「オッケー。任せとけって」



 ふむ。レミリアさんがついてきてくれると。

 ……え? もしかしてそれだけ?

 いやいやいやいや、四人だけとか大して変わらないし。焼け石に水だし。

 あれだよね。第七師団からは四人だけとかそう言うオチだよね。



「団長、他の師団からは何人くらい派遣されるんですか?」

「え? 君たちだけだよ?」

「へ?」



 マ・ジ・で?



「金貨百枚か~。夢が広がるなぁ~」

「初任務でテロリスト捕まえて勇者への道をショートカットだぜ」

「うしし、久々に暴れられる。手応えあるやつだといいんだがな」



 もしかしてこの人たち事の重大性を理解してないのかな?



「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、待ってくださいって! なんでですか!? なんで他の師団からは出ないんですか!? 相手はあの翡翠の妖狐ですよ!? それに大罪魔法も絡んでいるならもっと人数いないと駄目じゃないんですか!?」

「マナの言うことも最もだし、現に俺は打診したんだ。でも断られた」

「なんでです?」

「まず、この前も言ったけど、上層部は大罪魔法の存在を認めていない。それと翡翠の妖狐の件に関してはリゼの情報が大部分を占めている。敵だった相手の情報は信用ならないってさ」



 ぐぬぬぬぬぬぬぬ、一理ありすぎる。



「かと言って、放置することもできない。だから、最低限の人数しか用意できなかったんだ」



 前々から思ってたんだけど、騎士団ってブラック過ぎない? やってられないんだけど。

 まぁでも、依頼内容は見つけ次第ってことだし、まだカリスト帝国にジェイドがいない可能性もあるから、それにかけるしかないかなぁ。

 敵に出会わないことを全力で願いつつ、私はゼルたちとジェイドの捜索及び捕縛の任務を開始するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る