ヘイヴィアの過去Ⅰ
「……お、い……ナ。……きろ」
なに……?
誰かの呼ぶ声がする……。
「起きろ! マナ!」
「っ! ごほっ! ごほっ!」
私は大きくせき込み、目が覚めた。
「ここは……? あれ? ゼル?」
どうやら私の体を揺すって起こしたのはゼルだったようだ。
「なんでゼルが? 落とし穴に落ちたんじゃ……?」
「いや、お前も落ちてきたんだよ。大量の水と一緒に」
ゼルが指さす方を見ると、天井が抜けていて、そこから水滴がぽたぽたと垂れていた。
もしかして、さっきの水魔法の勢いでトラップが作動して、落とし穴に落ちたってこと?
状況から考えるにそれしかなさそうだ。
なんにしても溺れずに済んでよかった。
辺りと見渡すと、すぐそばに私と同じようにせき込むヘイヴィアとそれを介抱するベルヴェットさんの姿があった。
期せずして合流できたようだ。
「それにしても……ここは?」
落とし穴というからには落ちたら針山とかそういう即死系のトラップがあると思っていたけど、実際は違った。
滑り台のように穴の中を滑り、落ちた先にたどり着いた場所は薄暗い地下通路のような場所だった。
「うんん、下水道みたいなところかな?」
私たちのいるすぐ脇には水路のような溝があった。
少しばかり水が流れているようだけど、多分あれはさっき私たちが受けた水魔法の残りだろう。
って今はそれよりも……。
「ベルヴェットさん、大変です! 私たち以外にもスーツを着た三人組がこの遺跡に入り込んでいます! どこの誰かは分からないんですけど、ヘイヴィアの知り合いみたいで……」
「ん……あ……」
私が視線を送るとヘイヴィアは露骨に視線をそらした。
「スーツ姿で統一されているということはタイタンの連中で間違いないだろう」
ヘイヴィアの代わりにベルヴェットさんがそう答えた。
「タイタン? それって隣国の?」
「恐らく」
「でも、なんで? なんでそんな人とヘイヴィアは知り合いなの?」
「…………………………………………」
ヘイヴィアは私の問いに答えるべきかどうか迷っている様子だった。
そして、たっぷり五分ほど思案してから、口を開いた。
「長身の男とエルフの少年は知らない。けど、蒼髪の彼女のことは知っている。あいつの名はリゼ・キュアノス。俺の幼馴染だ」
「幼馴染……? ってことはもしかして……」
「ああ、俺は元々タイタンの人間だ」
そう言ってヘイヴィアは自分の過去を語りだした。
それは十年前の物語。
ヘイヴィアがまだタイタンという国にいた頃のこと。
身寄りのなかったヘイヴィアはタイタンの都市部にある研究所で育てられた。
と言ってもこの国では研究所預かりになった子は例外なく研究の実験体として扱われる。
「適合率三パーセント。再生時間マイナス五。平均以下です」
「そうか。なら、因子をさらに注入しろ」
ヘイヴィアは手足の自由を奪われた状態で椅子の上に縛り付けられていた。
口から唾液が垂れ、目の焦点はあっていなかった。
「因子、注入します」
そんなヘイヴィアの腕に研究員の一人が注射をさし、真っ赤な液体を体内へと注入する。
「あああああああああ!!!!!!!!!」
液体を注入されたヘイヴィアは泣き叫び、暴れようとする。
しかし、手足は椅子に固定されており、抵抗はできなかった。
「どうだ?」
「ダメです。適応率プラス二パーセント。理論値を大きく下回ります」
そんなヘイヴィアの叫び声に顔色一つ変えず、研究員たちはデータのほうばかり気にしている。
「やはり、あれは外れか……。これ以上は時間の無駄だな。部屋に戻しておけ」
意識が飛びかけていたヘイヴィアは解放され、いつもの部屋に戻される。
部屋と言ってもそこは暖かなベッドがある幸せ空間ではない。
硬い床だけしかない殺風景な場所。そこに多くの子供たちが収容されている。
「ほら、さっさと中に入れ、B15424」
研究員の一人に背中を押され、ヘイヴィアは部屋へと入れられる。
この研究所では子供たちのことは番号で呼ばれる。名前で呼ばれることなど決してない。
子供たちは自分に与えられた番号が胸に書かれた服を一着だけ与えられる。
その為、ここにいる子供たちの服はボロボロで見るに堪えない。
「…………」
ヘイヴィアはふらふらとした足取りで壁際まで歩いていき、その場に座り込む。
それを確認した研究員は唯一の出入り口である扉を閉め、カギをかける。
この研究所でいったい何が行われているのか。
ヘイヴィアは何の実験を受けているのか。
それは不老不死の研究だった。
不老不死と聞いて思い浮かべる生き物と言えばなんだろうか。
不老不死の生物は様々いるが、タイタンが目を付けたのは吸血鬼だった。
ヘイヴィアたちに行われている実験はその吸血鬼の因子を取り込み、人為的に不老不死を作るというものだった。
だが、ことはそう簡単なことではない。
因子を取り込むだけでも血を吐くような激痛が伴う。
ここにいる子供たちは毎日のようにその因子を打ち込まれ続け、あるものはその痛みに耐えきれず自ら命を絶ち、ある者は心が壊れ廃棄処分される。
ヘイヴィアはそんな地獄のような環境で幼少期を過ごした。
「入れ」
ヘイヴィアが部屋に戻ってしばらくしてから、別の子が実験を終え戻ってきた。
「う……あ……」
蒼色の髪を持つその少女はヘイヴィアと同じくふらふらとした足取りで部屋の中に入ってくる。
「あっ……」
ダメージが大きかったのか少女はつんのめって倒れそうになる。
「!」
それに気が付いたヘイヴィアはとっさに立ち上がり、彼女を支える。
「大丈夫か? リゼ」
「うん……ありがとう、ヘイヴィア」
リゼはヘイヴィアにお礼をいい、笑った。
その笑顔が無理して作ったものだということは、ヘイヴィアは分かっていた。
当然だ。こんな場所で本当に心から笑えることなんてないのだから。
「…………」
転びそうになったリゼに関心を示さなかった研究員は何も言わず、扉を閉めた。
彼らにとってヘイヴィアたちは人間ではなく、研究のための道具としてしか見ていないのだ。
「ほら、座れよ」
リゼを支えながらヘイヴィアは壁際に彼女を連れていき、床に座らせる。
その後、ヘイヴィアはその隣に腰かけた。
「ヘイヴィアは優しいね」
「別にこれくらい普通だ」
「そんなことないよ。こんな地獄みたいな場所で優しくいられるのは強い人だけだよ。私はもう……」
そこから彼女の言葉が続くことはなかった。
どうしたのか、隣を見ると彼女は俯き涙を流していた。
「もう、耐えられないよ……」
「リゼ……」
そんな彼女にヘイヴィアはかける言葉が見つからなかった。
「ねぇ、知ってる? 隣の国には勇者がいるんだって」
「勇者?」
「うん。困っている人を助け、弱い者を助け、全てを救うんだって。もし、そんな人がこの国にもいたら、私たちをここから助け出してくれたのかもしれないね……」
それはカリスト帝国の話。
タイタンにはそのような人格者はいない。
彼女もそれは分かっている。
そんなことを望んだって救われることなんてない。
「なるよ」
「え?」
だから、ヘイヴィアは彼女の手を力強く握りしめて言った。
「俺が君を救う勇者になる」
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