大罪魔法

 第七師団のアジトの一階は酒場の様になっており、カウンターやテーブルなどが置かれている。

 基本的に第七師団のメンバーは有事の際にいつでも出動できるように、そこに集まっており、各々好きに過ごしている。



「ふぁ~ねむ……」

「う~ん、もうちょっと胡椒が欲しいのだ」

「……………」



 レミリアさんは退屈そうにあくびをしており、ミザリーさんは何やら熱心に料理の研究をしている。ベルヴェットさんは相変わらず全裸で静かに本を読んでいる。



「おはようございます」

「おお、おはよ」



 カウンターに座っているレミリアさんが手を振りながら挨拶を返してくれた。



「あれ? あの二人はまだ寝てるんですか?」

「あの二人? ああ、あいつらならあれ」



 レミリアさんが指差したのは窓の外。

 そこには何やら言い合いをしているゼルとヘイヴィアの姿があった。



「えぇ~朝から喧嘩ですか……」

「どっちが先に起きたかで揉めてる」



 うわ、心底どうでもいい。



「ちなみに勝った方にこれをやると言ってある」



 そう言うと、レミリアさんはコトンとカウンターの上に飲み物の入ったグラスを置いた。

 え、焚きつけたのこの人なの!?



「なにしてるんですか……」

「いや~暇だし、試しに煽ったら喧嘩おっぱじめて……くくくくくっ、あいつら扱いやすくて面白いわ」



 この人、悪気しかない!?



「あ、それ飲んでいいぞ」

「飲んでいいって、あの二人はこれ目当てで争ってるんじゃないんですか?」

「どうせ、喧嘩に夢中で忘れてるだろ」



 確かに。あの二人ならあり得そう。



「それじゃ、いただきます」



 レミリアさんから渡されたグラスを、それが何かを確認せずに口をつけた。



「っ! ゴホゴホ! な、なんですかこれ!?」



 一口飲んで私は咳き込んだ。



「なんかしゅわしゅわしたんですけど! もしかして、お酒じゃないですよね!?」

「ん? なんだ、エナドリ飲んだことないのか?」

「飲んだことないですよ! 何ですかそれ!」

「エナジードリンクつって、何でも飲むと元気になれるって代物だ。数年前に科学大国タイタンで開発されたってやつを商人が持ち込んだらしい」

「タイタンって隣にある敵国じゃないですか! 危なくないんですか!?」

「へーきへーき。私、最近毎日飲んでるけど、何ともないし。あ、でも、一度に過剰摂取すると死ぬ危険性があるとか言ってたかな?」

「やっぱ危険物じゃないですか!?」

「んなこと言わずに、ちゃんと味わって飲んでみろよ。美味いから」

「もう一口だけですよ……」



 先輩から貰ったものだし無下にすることも出来ず、仕方なくもう一口だけ飲んでみる。



「…………」



 ちょ、ちょっとは美味しいじゃない。

 最初は違和感あったあの刺激的なしゅわしゅわもなんだか癖になってきたし。

 う、うん、まぁいいんじゃないからしら。



「どうだ? 美味いだろ?」



 私が何も言わずに飲み続けているのを見て、レミリアさんはニヤニヤしながら聞いてきた。



「…………お、美味しい」



 私は視線を逸らしてそう呟いた。



「おや、珍しいものを飲んでいるね」

「きゃ! だ、団長!?」



 カウンターの下からひょっこりと顔を出したルーク団長に驚いて小さく悲鳴を上げてしまった。



「いたならいたって言ってくださいよ……」

「あはは、ごめんごめん。ちょっと頼み事したくてね。君たち、新人三人組に」







「んで、俺たちに頼みってなに?」



 団長からの招集により、外で喧嘩していたゼルとヘイヴィアを私が無理やり連れてきた。



「昨日、君たちが捕えた翡翠色のローブを着た連中のことだ」

「何か分かったんですか?」



 昨日の時点では彼らが何者かすら分からなかった。

 身柄は本部に預けているので、尋問などして正体が分かったのだろうか。



「正直なところ、まだほとんど何も分かってない。同じ色のローブを着ていたことから、何かしらの組織であることは間違いないんだけど」

「何も分かってないなら、俺たち何もしようがないじゃん」

「そうでもないさ。彼らの目的についてはアルケ村の人たちから情報を得ている」

「目的? それって何なんですか?」

「大罪魔法だそうだ」

「は……え? 大罪魔法ってあの大罪魔法ですか?」

「そう、君が想像しているので間違いないと思う」



 想像だにしていなかった単語に私は固まってしまった。



「なんだ? 大罪魔法って?」

「俺に聞くな。知らん」



 当たり前のようにこの二人は知らなかった。

 そして、説明しろと言わんばかりに私の方を見てきた。



「大罪魔法って言うのは七つの禁術魔法のことだよ。その魔法は強力でたった一つだけでも一国を滅ぼすことが出来るほどの力を秘めているの。それ故に古代の人たちはその魔法を七つの本、グリモワールに封じ込めた。んだけど……」

「だけど、なんだよ」

「私が今言ったのは全部、都市伝説レベルの話で何一つ根拠がないの。世間一般ではその存在は否定されているわ」

「そう、大罪魔法は存在しないとされている」



 ルーク団長は私の言葉を肯定した。

 よかった。実は存在しているとか言われたらどうしようかと思った。



「そのせいで今困ったことになってるんだよね」

「困ったこと?」

「彼らに関する情報はそれしかない。だから、それを頼りに調査しようにも、団の上層部は大罪魔法の存在を否定しているから、その線での調査を認めないんだよな」



 大人の事情という奴だろう。

 もしここで大罪魔法があるものとして調査を進めてしまえば、カリスト帝国が大罪魔法の存在を認めることになってしまう。

 大罪魔法は都市伝説。なのに、国がそれを真に受けてしまったのならば、国民たちから非難の声が上がる可能性がある。

 上層部の人たちはそれを避けたいのだろう。

 私も上層部の判断に賛成だ。ありもしない物の調査ほど無意味なものはないのだから。

 しかし……。



「ってことで、うちだけで勝手に調査することにした」

「はい?」



 今なんておっしゃいましたか?



「騎士団全体で本格的に調査するのは問題だけど、うちが勝手にやる分なら、後で文句言われるのはうちだけだからね」

「え、いいんですか? それって。だって、大罪魔法は都市伝説なんですよね」

「ありはしない。俺もそうであってほしいけど。今もなお彼らが口を割らないということはまだ組織の人間はいると見ていだろう。アルケ村という小さな村を襲うだけで三十人という人数を投入した。そこから考えるに組織の人数は少なくてもその十倍はいる。それだけの人間が何の根拠もなく行動に移すとは考えにくい」

「……確かに」



 たった一つの都市伝説で三百人以上が纏まって動くなんて考えにくい。そうなると、私たちの知らない何かを彼らは知っていることになる。



「でも、調査するって言っても大罪魔法について私たちは何も知りませんよ?」

「そこで今回の任務は彼に同行してもらおうと思う」

「彼?」

「今回は君たち三人に加えて、ベルヴェットについていってもらおうと思ってる。いいかい?」



 団長は後ろのテーブル席で文庫本を読んでいるベルヴェットさんに声をかける。



「ん? 俺か? まぁいいだろう。新人の子守は任された」



 ベルヴェットさんは了承すると共に眼鏡をくいっと上げる。

 とても頼もしく見える。……全裸だけど。



「ちなみに、服は着ていくように」

「なに!? 俺に服を着ろと言うのか!? 団長!」

「しょうがないなぁ~。じゃあ、パンツだけでもいいから履いてくれ」

「っく! 仕方ない……」



 すんごい悔しそう。

 え、なんでこの人こんなに服着たくないの? 変態なの? 全裸じゃないと生きていけない種族なの? そう言う類の呪いなの?



「大丈夫なのか? この人頼りになるのか?」

「心配いらないよ。こと今回の任務に関してはね。その理由はすぐに分かると思うよ」

「え~ホントかよ」



 団長の言葉をゼルは半信半疑のようだ。

 もちろん、私も。



「じゃ、ベルヴェット。後のことは一任するよ」

「了解」



 珍しく衣服を着た(パンツのみ)ベルヴェットさんは団長に敬礼し、箒を手に取った。



「それじゃあ、俺にしっかりと付いて来てくれ、ひよっこ諸君」

「「「はーい」」」



 颯爽とアジトから出て箒で飛んでいくベルヴェットさん。私たちも箒に乗ってその後を追うのだった。

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