透明な殺人鬼ゲーム 第2章 Necessitas non habet legem.

Kバイン

第11話 集るな(1)

 第1章は別のページにあります。「小説」から「透明な殺人鬼ゲーム 第1章 Vivere est militare.」を選んでください。


 翌朝、柘植が着替えて水を飲んだ後、瑞葉の入室申請に答えると、実に幸せそうに目を輝かせた瑞葉がリビング近くに現れた。


 「おはよう、よく眠れた?」

 柘植の質問に瑞葉は笑顔で答えた。


 「よかった。私もだ」

 柘植は素早く返事をした。瑞葉が声を出さない代わりにメモ帳を取り出して見せるという手間を柘植は推測で省略する。柘植―瑞葉間のコミュニケーションは、柘植が瑞葉の反応、求めるものを予測して次の行動に移ることでそのほとんどが短時間のうちに成り立っている。


 「今日の朝食はペレットにしよう」

 柘植は瑞葉の返事を待つ前に「ににぉろふ」で「色々な果物味のペレット、水、2人分」を呼び出していたが、瑞葉の方をしっかりと向いている。瑞葉は頷くと備え付けのテーブルに着き、そこに置かれていた自分用のハサミでペレットの袋を開け始めた。


 (しかし、瑞葉は強い……のか?)

 瑞葉は柘植が座るのをニコニコしながら待っている。促されるように柘植も席に着くと、ペレットの袋を開けて1つ口の中に入れた。程よい噛みごたえが柘植の頭を回転させていく。


 (味を変えるのは当たりだな。刺激になる)

 柘植はペレットの色味から味を予想してもう1つ掴み、食べた。瑞葉の反応は、柘植が彼女の方を見ると、彼女はメモ帳にペンを走らせていた。


 『つげさんのは何味でしたか?』

 瑞葉の顔にはウキウキしながら柘植の食べたペレットの味を予想している、とはっきりと書いてある。無邪気そのものである。


 「これ? 桃味だった。瑞葉は何味?」

 瑞葉は柘植の答えが聞けたことに顔を明るくし、質問を返されたことでさらに明るくする。毎日、特に朝のうちはこの調子である。


 『リンゴ味でした』

 瑞葉は自分の味をまた幸せそうに伝えると、柘植が次のペレットを口に入れるのをじっと待ち始めた。柘植はその無言のお願いに答えてもう1つ口に入れた。


 「リンゴ味だった。同じだ」

 柘植が同じ、と言うだけで瑞葉はことさらに嬉しそうにした。それから自分のペレットを1つ食べて、メモ帳に『今度はブドウ味でした』と書いて伝えた。


 「色々と、言ってみたがちょうど良いくらいにバリエーションがあるな」

 先のやり取りをこの後も続けていれば朝食を食べ終わるまでに相当時間がかかる。柘植はそう思って話題を変えることにした。瑞葉は瑞葉で柘植と話ができれば何でもよいのだろう、一向に気にしていない。


 「このペレットには栄養以外にも色々と含まれている。前にも言ったな。まず、一袋で一食分の栄養だ。瑞葉が食べても、私が食べても、一食分」

 柘植はペレットを3つ頬張った。南国風の味になった。


 「だから何か、一定以上の栄養を制限する成分が入っている。私と瑞葉が同じだけ食べても、腹が空くタイミングはそう変わらない」

 またも同じという言葉を聞いてテンションが上がっていく瑞葉を余所に、柘植は、その成分を何とかして持ち出せたらダイエットの分野で一儲けできそうだと思った。仮にそうできたとして、そのためには無論このゲームを生き残らなければならない。


 「それに、ペレットには精神を落ち着かせる何かが入っている。そうでなければ、何人もの参加者が脱落、つまり投票の場に参加できるほど気を保っていられないはずだ。ASD、急性ストレス障害で、だ」

 柘植はペレットを幾つかまとめて口に入れた。今度はミックスジュースの味になる。瑞葉がペンを走らせる。


 『水と空気もですよね?』


 「そうだ。よく覚えていたね」

 柘植がそう褒めると瑞葉は嬉しそうに笑った。柘植たちはすでに考察済みであった。つまり、自分と、自分の一番大事な人の命がかかっているとしても、パニックが起これば現実逃避をして自分たちの部屋に引きこもってしまう。それが2割以上なら、全員が死ぬ。ニニィにとって望ましいことではないだろう。


 「もしかしたらペレットを食べない参加者がいるかもしれない。水や空気の中なら全員が摂っているはずだ。あえてペレットを食べない参加者を脱落させるのが目的なのかもしれないが、ニニィの意図は考えたところで生き残る役に立つことは……そうないだろう」


 『この場所自体が普通ではない、ですよね?』


 「そうだ。だから、このゲームの裏側を探ってチート行為を企てるよりも、ルールに従ってクリアするのが妥当だ。それじゃ、残りを食べようか」


 (それでも……、瑞葉の落ち着き……というよりも、何と言えばよいのだろうか……、普通ではない。初めて会った時は怯えていたし、血生臭い光景も嫌がっている。普通の子供と同じだ。すでに知っているから他の子供よりも心理的なショックは小さいようだが。しかし、それ以外は楽しそうだとしか言いようがない。自分で言うのも何だが、私といるから特にそうなのかもしれない。)


 (それでいて、はしゃぎすぎることもない。冷静だ。広間にいるときは適切な演技ができている。記憶が抜けていることに狼狽しすぎることもない。そのことは二の次のようだ)


 『次は何味だと思いますか?』


 「次は……、そうだな、パイナップル味?」

 柘植の解答に瑞葉は笑顔で正解、と答える。彼らは、どちらか片方が死ねばもう片方も死ぬ。だから柘植は瑞葉を非常に注意深く観察している。加えて瑞葉は柘植に非常に肩入れしている。だからこそ、このコミュニケーションは可能となっている。


 柘植は残りのペレットから適当に1つ選び、瑞葉に見せる。

 「これはメロン味だと思う。瑞葉は?」


 『青りんご』

 瑞葉は、柘植と同じであることを好んでいるようで、そうでないときもある。出会って数日では、当然、完全に理解しあうことはできない。


 「洋ナシだった。外れだ」

 だが、それもまた瑞葉にとっては面白いらしい。悪戯がバレたときのように笑っている。


 そうやって2人は朝食の時間を過ごしていった。このゲームを乗り切るのに必要なこと、然るべき時にリラックスをすることを彼らはごく自然にできていた。

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