八つ目の椅子

窪田 郷音

第1話 初対面

春の光が、まだ肌寒い風にゆれていた。


高校入学の一週間前。

咲良は母とともに、大きな一軒家の前に立っていた。


「咲良、大丈夫?」

母が心配そうに声をかける。


「……うん。行こう」


スカートの下の義足がコツンと音を立てた。

階段を一段ずつ上がるたびに、不安が膨らんでいく。


(この家に、男の子が七人……)


聞いたときは冗談かと思った。

けれど、それは事実だった。


母がインターホンを押すと、数秒後に玄関が開いた。


「おかえり」


ドアの向こうに立っていたのは、無精髭をうっすらと生やした大人の男性。

――楠本さん。咲良の“義父”となる人だ。


「初めまして、咲良ちゃん。……いらっしゃい」


その声はやさしかった。でも、咲良の耳にはまだ遠く感じる。


「……こんにちは」


ペコリと頭を下げて、玄関に入ると、どこか騒がしい気配が漂ってきた。


「おーい!咲良ちゃん来たってー!」


奥の部屋からどたばたと音がして、最初に現れたのは茶髪で背の高い少年だった。


「初めましてっ、五男の凛!咲良ちゃんって呼んでいい?」


にこにこしながら手を振るその姿に、咲良は少しだけ戸惑った。


「え、あ……はい」


その後ろから、パジャマ姿の小学生が登場。


「さーちゃんって呼んでいい?」


「それは早すぎるだろ」

静かに割って入ったのは、腕を組んだ中学生くらいの少年――四男の陸だった。


「……でかい家族だね」

咲良は思わず小さくつぶやいた。


すると、背後の階段からゆっくりと誰かが降りてきた。


黒髪、鋭い目つき、無表情――

その目が、咲良をじっと見つめた。


「蒼、三男だ」

誰かがぼそっと教えてくれる。


(この人……)


咲良は直感的に思った。

この人とは、たぶんうまくいかない。


蒼は一言も発さず、通り過ぎてリビングに入っていった。


そして、最後に階段を降りてきたのは、白いTシャツにジャージの男。


「俺が長男の颯真。今は大学だけど、あんまり家にいない。よろしくな」


彼は大人びた雰囲気を漂わせながらも、ふっと優しく笑った。


「咲良ちゃん、ちょっと緊張してる?」


「……ちょっとだけ」


「まあ、無理もないよな。男だらけだし。変なやつも多いし」


それは自己紹介なのか皮肉なのか分からなかったが、

咲良の口元に、ようやく小さな笑みが浮かんだ。



その夜、母と義父は少し遅れて外に食事に出た。

「仲良くしてね」と言い残して。


咲良は一人、居間の隅にぽつんと座っていた。

テレビではアニメが流れ、悠と結翔が笑っている。


ふと視線を感じて振り返ると、蒼が背もたれにもたれかかって咲良を見ていた。


「……お前さ」

蒼が口を開いた。


「義足、隠すつもりなのか?」


その言葉に、咲良の心臓が一瞬、止まりそうになった。


「え……」


「隠しても、動き見りゃすぐわかる」


それだけ言うと、蒼は立ち上がった。


「お前の自由だけどな。ウチのやつら、見た目とかあんまり気にしねぇよ」


ぽつんと落とされたその言葉に、咲良は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。



夜、布団に入った咲良は天井を見つめながら、思った。


(私は、家族になれるんだろうか)


それでも、蒼の最後の言葉だけは、なぜかずっと頭に残っていた

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