紙屑《ハシヤスメ》


 私達をどこからか見つめて、あの影は嘲笑あざわらっていたのだ。


 オバアチャン家に遊びに行った、出された唐草模様からくさもようの青い皿、ぽっこり乗った甘い菓子、今でも今でも覚えている。


 一瞬の間、首をもたげた雨の臭い。


 仮にエービーシーディー男四人と仮定する。カードなる紙の束をしばき合い叩きつけ合うのを、あの影は眺めていた。


 エーの持ってる細い竜は、最強にゃ及ばぬ三番手以下の強さ。

しかし皆の憧れの的である。


 そんな私達を柱の裏から見つめて、影はけたけたけたりと笑っていた。


 変な人がいるという、私の言葉を誰も信じてくれやしない。


 やーい、やーい、怖がりやーい。


 皆が皆、紙束に夢中。


 ぼーん、ぼーん、ぼーん。


 どこからかただよってきた線香の匂いにまじって、柱時計の音。


 私達のうち誰かが言った。


「あの時計、何年も前から止まってるはず……」


 なまぬるい風が吹いた。もちろん庭先まで開けっ放しの障子。


 紙の札が舞い散った。


 皆のカードが混じり合う。竜も戦士も武器も魔法も紙くずもばらばらに。


 そしていつしか、死骸のせみの雨が降る。


 空箱の腹に取り残された空気。


 じゃぐりじゃぐりと落ち葉を踏みしめるように、私達は見慣れたはずの田舎道のアスファルトを、泣きそうになりながら歩いた。


 夏でありながら夏の香りを失った、静寂せいじゃくの世界。


 電信柱の死角から、時折ときおりせいたかのっぽの影が見つめている。


 私達はあの日、あの世界、仮に異界と定義する、影たちの世界に行ったハズ。


 あの場所を抜け出した時、エーは泣きそうになっていた。


 あの細い竜のカードを失くしたらしい。


 さっきまでは持っていたのに。

 

 しかし、どうして、なぜなのだ。

 あの世界のことを、誰も覚えちゃ居やしない。


 細い竜のカードのことも、誰も知らない……。


 今では私だけが持っている。


 大人になって、好奇心から再び足を踏み入れたが最期。ボロボロの細い竜は、とっくの昔に道の真ん中で拾ったのだ。


 いいや、最初っから、あの日、魔が差しただけだったのかもしれない……嘘で上塗りしたズボンのポケットの記憶は、今となっては何も語らぬ。



 永遠に、夏が終わる前の世界にいる……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る