お前、桃太郎が記憶失って逆再生されたときの気持ち考えたことある?

ちびまるフォイ

サイコパスしかいない世界

「ここはいったい……!?」


手には日本刀を持っていた。

あたり一面は血の海で鬼が横たわっている。


「これ、俺がやったのか……!? なんで……」


自分の良心を信じようにも手にも、刀にもびっしりついている血が逃れようのない現行犯であることを裏付けている。

そのうえ、なぜかクソダサい「日本一」と書かれているのぼりを背中に挿してたなびかせていた。


なにがなんだかわからない。


ここはどうやら島のようで、周囲には海が広がっている。


どうしてこんな離れ小島にわざわざやってきて鬼を殺したのか。

サイコパスも真っ青の所業に自分で自分が怖くなる。


「わんわん!」


「なんで犬!?」


鬼だらけの島の生態系に対し、明らかに浮いている犬が近寄ってきた。

これは俺の犬なのか。それすらも記憶がない。


「ウキキッ!!」

「ケーン!」


さらに猿とキジもやってきた。取り合わせがわけわからない。


「どうなってんだよこの島は!?」


鬼の死骸と、犬猿キジの謎トリオ。

島の奥には財宝もあったがどうでもよかった。


すると、刀についている血がぎゅんぎゅんと鬼の体へと戻っていく。


「うぉぉぉ!? な、なんだぁ!?」


両断されたはずの鬼の体は元通りになっていく。

その光景が目に入ると、体の全神経が危険信号を送った。


「やばいやばい!! 早くこの島から出よう!」


幸いにも島には舟がひとつだけあったので、それを使うことにした。

みるみる島が遠くになっていくと、島の外観が「鬼の顔」になっていることに気づいた。


えっちらおっちら漕いで、やっと鬼の顔の島から脱出に成功。

今頃あの島で鬼たちが復活しているのだろうか。もうわからない。


「でも……ひとりじゃなくてよかったよ。

 犬、猿、キジ。どうやらお前たちは俺の味方みたいだな。

 動物でも一緒に入られただけで心細くなかったよ」


3匹を抱きしめたとき。

猿が急に白い球体を吐き出した。


「うへぇ!? 汚なっ!?」


もち状のなにかを、俺の手のひらに吐き出した猿はどこかへ去っていった。


「うそん……今の言葉がそんなに嫌だったのか……?」


猿が急に仲間から離れた理由はわからない。


この吐き出したモチ状のなにかにやばい成分が入っていて、

それでこれまで俺の命令にしたがっていたとかだろうか。


「ケーン!!」


と、思ったら今度はキジが丸いモチ状のなにかを吐き出した。

吐き出したかと思ったらどこかへ飛び去ってしまった。


「なにこれ……動物なりのお別れの挨拶なの……?」


あんなに3匹と1人で仲良くやっていたはずの仲間たちだったのに、

モチ状のなにかを吐き出すと、急に契約満了とドライに去ってしまうなんて。


仲間意識を感じていたぶん、いなくなったときの喪失感が大きい。


「お前は……ずっと一緒にいてくれるよな」


「ワン!」


元気よく吠えた犬の口からはまた白いモチが飛び出した。

それを吐き出すと犬は別れも告げずに去っていった。


「犬ーー! 待ってくれーー!! こんな状況でひとりにしないでくれーー!!」


どれだけ叫んでも犬は戻ってこなかった。

記憶も失い、仲間も失ってしまった。


あてもなく道なりを歩いていると、腰のあたりがどんどん重くなるのを感じた。


「なんだ……?」


腰に袋を下げていたことに気づいた。

その袋の中にはちょうど3匹が吐き出したモチ状の球体がたくさん詰まっていた。

時間がすぎるほどに増殖して増えていく。


「うわぁあ増えてる! 数増えてる! 怖い!!」


袋の表面には"きびだんご"と書かれているが信用できない。

そもそも犬猿キジにきびだんごあげるなんて狂気の沙汰。


動物の消化器官が人間と違うことを知っているまっとうな人であれば、

人間ですら命を落としかねないモチ状のきびだんごを食わせるなんて。


「鬼を皆殺しにして、動物にきびだんごを食わせる……俺はなんてサイコパスなんだ……」


連続殺人犯の幼少期には子猫など小動物を虐待する共通した特徴がある。

自分が犬猿キジにきびだんご食わせていたのもそれにあたるのではないか。


とにかく村へ行こう。

自分を知っている人がいれば失った記憶も取り戻せるかもしれない。


「あ! 見えた! 民家が見えてきた!!」


村は見つからなかったが、おじいさんとおばあさんがいる民家が見えてきた。

記憶はないのにどこか懐かしさすら感じる。


民家の前に立つおじいさんとおばあさんが俺に向かって手を振っている。


「まちがいない。あの二人は俺の知り合いなんだ!」


おじいさんとおばあさんのもとへ走った。


「おお桃太郎」

「いってらっしゃい」


「いってらっしゃい? ……それを言うならおかえりじゃない?」


おじいさんとおばあさんは俺を「桃太郎」と呼んでいた。

きっと自分の名前は桃太郎なんだろう。


おばあさんは俺の腰につけていたきびだんごの袋を引きちぎり、

おじいさんは俺の背中につけていた日本一のぼりを抜いていった。

みるみる武装解除されていく。


それからは毎日ゆったりとした平和な時間を過ごした。


急に記憶が蘇ることもなく、言葉の通じないおじいさんとおばあさんと一緒に日々を過ごしていた。


そんなある日のこと。


「……変だな。やけに服がぶかぶかに感じる」


民家に訪れる前ではジャストサイズだった服だったのに、

今では袖や裾から手足が出ない。


お母さんが「成長するから」とオーバーサイズを買った新入生の制服よりも不格好だ。


気になったその日から毎日自分の身長を確かめるため、

柱に傷をつけて変化を記録していった。


「や、やっぱりだ……俺の身長……縮んでる……!」


疑うことなき事実がそこにあった。

そして、自分の身に降りかかる現象の首謀者はしぼられた。


「まさかおじいさんとおばあさんが俺に薬を持ったのか……!?」


それしか考えられなかった。

ここは人里離れた山奥にあるたった1件の古民家。

食べ物も飲み物も、すべてあの老夫婦により与えられている。



「桃太郎。桃太郎にしよう」



ふすまの向こうでおじいさんの声が聞こえた。


なにかへの生贄の選定が済んだのか!?

小さくしたのはそのためか!?


「うわああ! た、助けてーー!!」


必死に逃げたが子供の一歩など大人の手の届く範囲でしかない。

よちよち歩きの俺を抱きかかえると、ふすまの向こうへと運ぶ。


「や……やめろ……何する気だ!」


ふすまの向こうには割られたバカでかい桃があった。

ちょうど真ん中の部分をまるくくり抜かれている。


その中に俺の体をいれるや、割れた桃をぱったりと閉じる。


「出してくれ!! ここから出して!!」


桃の中で叫んでも何も聞こえない。

息苦しさと暑さ、そして異常な湿気と甘い香りに頭がくらくらする。



おばあさんは謎の腕力を発揮して大きな桃を持ち上げると、洗濯済みの服と一緒に川へ向かった。

おじいさんは思い出したように薪を積んで山へと向かっていく。


おばあさんは持ってきた桃を川に流すと、桃は上流へと上流へと登っていった。



「誰か助けてくれーー!!」



桃に閉じ込められた桃太郎は川に沿って、声も聞こえない山の奥地へと消えていった。



めでたしめでたし。

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