第3話 オンネトーの森のぼうけん

オンネトー


 のぶ君は、おじいちゃんとおばあちゃんが、ホッカイドウという大きな島に住んでいるので、毎年夏にホッカイドウへ遊びに行きます。今年も、夏休みに、お父さん、お母さん、弟のあっ君と一緒にホッカイドウに来ています。今まで、フラノ、シャコタンで、フラメロと冒険をしたので、今年も何かあるかもとドキドキしています。


 今年は、オンネトーと言われる湖に来ました。ここは、メアカン岳とアカン富士という山の麓(ふもと)にある五色に色が変わると言われる湖です。のぶ君たちは、お父さんがその奥にある世界で唯一の場所に行きたいということで、この湖に来ました。オンネトー湖は、とても水が澄んでいる綺麗な湖で、湖面にはメアカン岳とアカン富士の勇壮な姿が映って素晴らしいながめです。のぶ君とあっくんははそんな湖面を見ながら、考えているのはフラメロがどこから出てくるかなということでした。


 お父さんとお母さんが、「そろそろ奥の『湯の滝』へ向かうよ」と声をかけてきました。この湯の滝というのは天然記念物で、世界中で唯一ここだけマンガン鉱石が地上で見れる場所なんだそうです。お父さんは、いかにこれが凄いことなのか一所懸命力説していますが、のぶくんもあっくんもそんなことはどうでもよいし、マンガ?コウセキ?って良く分からないので、フラメロに会えることだけを考えていたのでした。


キノコの森


 駐車場から森の中を歩いて湯の滝を目指します。片道30分くらいかかるそうですが、のぶ君とあっ君はそのくらいへっちゃらです。のぶ君が

「あっ君、ちゃんと水鉄砲持ってるよね?」とフラメロと会う時の準備を確認しています。

「お兄ちゃん、大丈夫、ちゃんと水も満タンで準備OK!」とあっ君もフラメロに会えるかと期待が膨らんでいる様です。

 歩いていると、見たこともないキノコが道端にいっぱい生えてました。それと熊が出るかもしれないということで、リュックに鈴を付けて、それから大きな声で話をするようにと、お父さんとお母さんから言われて、面倒くさいなぁーと思ってましたが、でも熊は怖いので、なるべく大きな声で話をするようにしながら歩きました。


「あっ君、この森は、変わったキノコがいっぱいだね。あそこには、とても綺麗な白いキノコがあるなぁ。でも、パパとママが、道端のキノコは毒きのこかもしれないから触っちゃ駄目だと言ってたよ」と、のぶ君が言いながら歩いていると、あっ君が、「おにいちゃん、あそこに大きなキノコがあるよ。ちょっと見てくる」と走り出しました。のぶくんは、「おい、あぶないから、一人で行くなよ」と言いながら追いかけましたが、見失ってしまいました。


 あっ君は、お兄ちゃんが後ろからついて来ると思ったので、その大きなキノコのところまで全速力で走っていきました。すると、なんだか、あたりが奇妙な陰鬱な空気に変わって、変な妖精が出てきてあっくんに言いました。

「これはね、とってもおいしくてさ、チョコみたいにあまいんだよ。さぁ、食べてごらん」

そういわれると、なぜだか、あっ君は、言われるままにそのキノコにかぶりついてしまいました。確かに甘くて美味しいけど、そのうち気分がおかしくなってきました。そこへ、のぶ君がやっと追い付いて来て、大変なことになっていると気が付いたのです。

 のぶ君は、その悪い妖精をにらんで、「あっくんに何をした!」と問い詰めました。すると、襲ってきそうになったので、水鉄砲で追い払いました。

あっくんは「おにいちゃん、おなかが痛いよー」と言っています。

のぶくんは、お父さんとお母さんを呼びたいけど、あっ君が歩けないのでどうしようかと泣きそうになりました。

 すると、どこからともなく、不思議な格好をした女の子がすーっと現れました。

「さぁ、この葉っぱをかじって、よだれを一杯出して飲み込むんだよ」と言うのです。あっ君がその通りにすると、少しおなかの痛みも和らぎました。

 その子が「さっきのは、この森にいる悪い妖精さ。時々こうやって人間をからかって悪さをするんだ。あのキノコで死ぬことはないけど、お腹は相当いたくなる。でも、この葉っぱで少しは痛みも消えるはず」と教えてくれました。

 のぶくんが「ありがとう!そんな悪いやつもいるのか。フラメロみたいに妖精はいいやつばかりだと思ってたけど、そうじゃないのか。ところで、君はだれだい?」と問いかけると、その子は「僕の名前は、フキノンさ。よろしくな」と答えました。

のぶくんは、女の子みたいな妖精だけど、喋り方は男の子だなぁと思いながら、「もしかして、フラメロを知ってる?」と聞いてみました。すると、フキノンが「もちろんさ。フラメロは大親友だよ」と嬉しそうに答えました。のぶくんもあっくんもフキノンがフラメロの知り合いということで、ビックリと同時に、とてもうれしく思ったのでした。

「ところで、君たちは何でフラメロを知ってるんだい?あ、もしかして、昔フラメロから聞いたな。人間の子供で僕らが見えてて、ホッカイドウの自然を守ってくれた子がいるって。それが君達なのかい?」

「フラメロがそんな話をしていたのか。ホッカイドウは大好きだから、ホッカイドウの自然を守るために僕らができることはなんでもするよ」とノブくんは答えて、今までフラメロと一緒に過ごした冒険の数々を話して聞かせました。


 いっぽう、お父さんとお母さんは、やっぱり、道端に生えている不思議なきのこ達に夢中になってました。

「あら、これ、珍しい形してるわよ、パパ」

「おー、なんじゃ、これ。絶対食べる気にならない」

「あら、こっちはどう?これ、おいしそうじゃない?」

「おい、食べるなよ」

「いやねぇ、食べないわよ。ところで、のぶとあきはどこかしら?いないわよ」

「うん?あれ?いないなぁ。ちょっと戻って探してみるか」

とお父さんとお母さんは今来た道を戻り始めました。


 フキノンは、あっ君の様子を心配そうに伺いながら言いました。

「少し良くなったみたいだけど、あっ君のお腹をちゃんと治す薬草が僕の村にあるから、せっかくだから、僕らの村に来てみない?」

「でも、お父さんとお母さんが心配してるから、戻らないと。」

「あ、それなら、大丈夫。僕もフラメロみたいに時間を止めれるんだよ。ついて来て」というと、フキノンは、のぶ君とあっ君を従えて、森の道の方に戻り始めました。すると、むこうから、「のぶくーーん!あっくーーん!どこにいるの?」というお母さんの声が聞こえます。

「じゃ、まず、のぶ君とあっくんが道に出て、お父さんとお母さんを安心させてあげて」とフキノンが言うので、のぶ君とあっ君は「お父さん!お母さん!」と道に飛び出していきました。

「まぁ、どうしたの。突然いなくなるからびっくりしたじゃない」とお母さんが少し怒っていいました。

「ごめんなさい。大きなキノコがあったから近づいてみたら、変な妖精が出てきて...」とあっくんが言ったところで、のぶ君が「いや、なんでもないんだ。道にちょっと迷っちゃってさ。もう大丈夫」と答えました。

お母さんは安心したのか、大粒の涙をポロポロ流しながら、「ああ、無事でよかったわー。どうなることかと思ったじゃない。妖精とか言った?」と泣きながら笑っていました。

 ちょうどその時、どこからか「アダマール!」という声が聞こえてきました。と同時に、また、お父さんとお母さんの動きが止まったのです。お母さんは、半分泣いて半分笑っている複雑な表情のままになってます。あっ君は思わず吹き出しそうになりました。

 フキノンが「そろそろいいかなと思ってさ。じゃ、僕の村に案内するね」とのぶ君とあっ君に近寄ってきて、背中に何やら付けました。例の羽のようなやつです。あっ君は「やったー、これ、楽しいんだよね!」と喜んでいます。フキノンとのぶ君とあっ君は空に舞い上がり、フキノンの村を目指しました。


フキノンの村


 フキノンの後について空を飛ぶと、お父さんが見たいと言っていた「湯の滝」らしきところを飛び越えてその奥の白樺の森の中へ入っていきました。森の香りを吸い込みながら、いい景色だなと見とれていると、フキノンがそろそろ付いたから地上に降りるよと呼び掛けてきました。フキノンの後を追って地上に降りてみると、そこはフキノンたちの村の真ん中の広場でした。


 フキノンが、「ちょっとここで待っててくれるかな、村長に報告してくるから」と言って、広場の向かいの小屋へ入っていきました。その広場は、花壇で囲まれた芝生で、甘い匂いのする気持ちの良いところでした。のぶ君とあっ君は、芝生の上に寝転んで、頬を伝うそよ風を感じて、幸せな気持ちでいっぱいになりました。


 そうして、フキノンを待っていると、向こうの森の中から何やら黒い靄(かすみ)のようなものが舞い上がりこっちへ向かってきます。近づいて来ると、それが虫の大群だと分かりました。長さ10cmくらいのカミキリムシの大群です。気が付くとあっと言う間に、のぶくんとあっくんはその虫の大群に取り囲まれ、次々に襲われました。無数の虫がのぶ君とあっくんにまとわりつき離れようとしません。いくら叩いてもしっかりとした足の鉤で食らいついています。次第に全身が虫に覆われ動けなくなってきました。のぶ君には、あっ君の「おにいちゃん、気持ち悪い、助けてー」という声が聞こえてきますが、のぶ君も身動きが取れないのです。いつも持っている水鉄砲にやっと手が届いたかと思ったら、虫達に水鉄砲を弾かれてしまい、水鉄砲はどこかに行ってしまいました。もう、どうしようもない状態でした。


 すると、フキノンの声が聞こえてきました。「のぶ君、あっ君、そのまま動かないで!」というと、フキノンがのぶ君の水鉄砲を拾い上げて「グローバー!」と何やらおまじないのようなものを唱えて虫たちを攻撃し始めました。フキノンの攻撃で虫達もやっと森に逃げ帰って、のぶ君とあっ君はなんとか生還しました。


 フキノンが、「ごめんよ。ちょっと目を離した隙に、あいつらが来るなんて。あぶないところだった」

「あの虫達は何なの?」とのぶ君が聞くと、フキノンが言うには、

「最近スズメバチたちと結託して、この辺を荒らし回っている羽虫で、ぼくらも困ってるのさ。今晩、この村の祭りがあるんだけど、あいつらがまた来るんじゃないかと思ってたんだ。今度、あいつらが来て水鉄砲を使う時は、『グローバー!』って言ってごらん。君たちの水鉄砲の威力が増すよ」

「ほんとう?ちょっとやってみてもいい?」とあっくんが興味津々の顔で言うと、フキノンが、「もちろんさ、やってみてよ」と言って水鉄砲を渡してくれました。

あっくんが「グローバー!」と言って水鉄砲を撃ってみると、ものすごい勢いで水が発射されて、これは凄いと、ノブくんもびっくりです。


 そこへ、フキノンの村の村長がやってきました。

「わしは、この村の村長のフキオンというものじゃ。よく来てくれたのう。これが、お腹に効く薬草じゃ。よだれをいっぱい出して噛んでごらん」

あっ君がそうすると、ちょっと苦いけど、お腹にも効きそうで、そのうち、完全によくなった気分になってきました。

「村長さん、ありがとうございます。もう、平気です」

「そうか、そうか、勇敢な子供たちじゃ。そういえば、今晩は村祭りがあるから、それまでゆっくりしていくといい」

「ありがとうございます。でも、お父さんとお母さんが心配するから、どうしようかなぁ」とのぶ君が言うと、

「そうじゃな、では、また今度いつでも来るといい。今日は、一度ご両親の元へ戻ったほうがよいの。フキノン、頼んだぞ」と言うと、村長はニコッと笑って自分の家に戻って行きました。

「じゃ、あの森へ戻ろうか」

フキノンとのぶ君とあっ君は、また空を飛んで、出会った森へ戻ってきました。

そこには、泣きながら笑っているお母さんとその隣にお父さんが立っていました。

「じゃ、あの言葉を言うんだよ。分かってるよね?」とフキノンは、空に舞い上がって行きました。

のぶ君は「アダマール!」と言うと、お母さんが動き出し、寄ってきて、二人を抱きしめて、「あー良かったわ!」と泣きながら笑っています。


 のぶ君達家族は、その後、お父さんが行きたいと言う目的地の「湯の滝」を目指して森の中を歩きました。そしてやっと森が開けた草地のその先に滝らしきものが見えてきました。黒いマンガンが表面に出ているところを滝の水が流れていく不思議な光景です。お父さんは、満足そうに、また、ここが世界でただ一つの珍しい場所であることを力説し始めました。

 あっ君が、「あ、ここ、さっき空から見たよね」とのぶ君に話しかけましたが、「しー!あっくん、そんなこと、パパとママに聞かれたらまずいから、内緒だよ」と話を止めました。ノブくんとあっくんは、夜にフキノンの村へ行くことしか考えてなくて、お父さんの話はほとんど聞いてませんでした。


 さて、お父さんも満足したので、駐車場に戻り、今日の夜のホテルを目指して、車に乗りました。今晩は、近くのアカン湖の湖畔のホテルに一泊します。


アカン湖


 アカン湖のホテルにチェックインして、夕食まで時間があるので、アイヌコタンを見に行くことになりました。そこは、アイヌの人たちの集落を再現した世界で、色々なアイヌのお土産が売っています。のぶ君とあっ君は、「イランカラプテ」というのが「こんにちは」の意味だというのを覚えました。イコロという劇場では、「イオマンテの火まつり」を見て、ホッカイドウの自然と向き合って生きるアイヌ文化の精神が少し分かった気になりました。「イオマンテの火まつり」の最後は観客もステージに上がって一緒に踊ることができます。お母さんは、大喜びで、のぶ君とあっ君の手を引いてステージに駆け上がりました。のぶ君は恥ずかしくって困りましたが、あっ君は嬉しそうに踊っています。のぶ君もそのうち楽しくなってきて、アイヌの独特のリズムが体に入って勝手に手足が動く気がしてきました。


 そのあとは、遊覧船に乗ってアカン湖を一周です。途中、マリモの観察センターで不思議な巨大なまん丸のマリモを見学しました。あんなに大きなマリモもあるのかと驚いたのぶ君とあっ君でした。すると、「アダマール!」という声が聞こえてきて、周りの大人たちは動きを止めました。お母さんとお父さんは、その大きなマリモを覗き込んで目をまん丸にしているところでした。


「のぶ君、あっ君、」とフキノンが現れました。

「最近、村の近くにニンゲンがキャンプしに来るようになってさ。中にはゴミを捨てていくやつがいるんだよ」

「ホッカイドウの自然を汚すなんてひどいな」とノブくんとあっくんは、フキノンに同情しました。

「それでさ、今日も、キャンパーが来てるんだけど、帰り支度でゴミを捨て始めたんだよ。そういうやつらになんとかゴミを捨てるのを止めさせることはできないかなと思ってさ。ぼくら妖精は直接ニンゲンには見えないし。君たちは不思議なニンゲンで僕らと話ができるから、相談に来たんだ。」

のぶ君とあっ君は、何かいい方法はないかと考え始めました。

「ゴミを捨てるのはやめましょう、という看板を出したらどう?」とあっ君が提案すると、

「そういうのはもうあるんだよ」

「そうか、うーん」とのぶ君がしばし考えて、

「こういうのは、どうかな?」とのぶ君が、ちょっとした芝居を思いついて提案しました。

「のぶ君、それいいね。それやろう!」とフキノンとあっ君も賛成したので、さっそくフキノンの村へ行くことになりました。

「じゃ、羽を付けるよ」

というと、フキノンとのぶ君とあっ君は、空へ舞い上がり、フキノンの村へ向かいました。


フキノンの村、ふたたび


 村に着いて、キャンパーのそばへそっと行くと、突然、のぶ君とあっ君が大きな声で泣き始めました。

「えーん。悲しいよ。森が泣いているよ。ゴミはいらないと泣いているよ。えーん」

「えーん。森が怒ってるよ。ニンゲンの身勝手に怒ってるよ。悲しいよ。えーん」

とノブくんとアッくんが、泣き続けます。すると、キャンパーのおじさんは、突然子供が出てきて、泣き出して、ゴミがなんとかと言っているので、腰が抜けそうになり、

「悪かった、悪かった、全部ゴミは持って帰るから、成仏してくれ!」

と急いで、ゴミを集めて車に詰め込み、急いで逃げて行きました。どうやら、森のお化けが出たと勘違いしたようです。


 のぶ君とあっ君とフキノンは、「やったー!」とハイタッチで喜びました。これで、「ゴミを捨てると森の精が怒る」というクチコミで、ゴミを捨てるニンゲンも少なくなるでしょう。

 村の広場に戻るとそこでは村祭りが始まっていました。村長も「ノブくん、あっくんの活躍で、ゴミを捨てるキャンパーも少なくなるじゃろう。本当にありがとう。今日は、村祭りじゃ。好きなものを食べてくれ」と大喜びでした。フキノンの案内で、美味しいご馳走を堪能して、ノブくんもあっくんも大満足です。

「フキノン、僕たち、そろそろ、お父さんとお母さんのところに戻らないと」

「そうだね。じゃ、あのマリモのところまで送っていくよ」

と、飛び立ちました。


マリモ観察センター


 マリモの観察センターに戻ると、フキノンが、

「本当にありがとう。フラメロに会ったら、今日のノブくんとあっくんの活躍の話をしておくよ」

「そうだ。フラメロにも会いたかったなぁ。でも、今年は、フキノン、君と友達になれてよかったよ。また会えるよね?」

「もちろんさ、この辺に来たら、僕の名前を呼んでくれよ。いつでも、会いに行くよ。それじゃ、そろそろ、お別れだね」

「ああ、またね」

フキノンが、「アダマール!」というと、周りの大人たちが動き出しました。


 お父さんとお母さんもびっくりした顔から普通の顔に戻り、お母さんが、

「のぶ君、あっ君、そろそろお腹すいたころかしら?」

「いや、お腹いっぱいだよ」

「え、隠れて何か食べたのかしら。せっかくの晩御飯が食べれなくなっても知らないわよ」とお母さんは不思議そうにあっくんを見ています。

ノブくんは、ニヤリとあっくんに笑いかけて、口に人差し指を立てて、「しー」という仕草をしました。


 今年は、フラメロには会えなかったけど、フキノンという妖精と友達にもなれたので、二人には大満足な一日でした。


つづく

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