いつものスカイツリーで

うえすぎ あーる

第1話

「大きな空き地だなぁ、ここに何ができるんだろう?」


押上駅から地上に出ると、茶色が目立つ大きな空き地が広がっていた。この風景を最初に目にした時はその広さに驚いたが、通勤でいつも目にする風景だったので、すぐに気に留める対象ではなくなった。


ごく当たり前の日常の風景になっていた。


その後、状況が変わった。


何もない空き地に、プレハブが立ち、トラックや多くの人が行き来するようになった。本格的な工事が始まったらしい。この場所に東京タワーよりも大きい電波塔ができる。しかも、電波塔の高さでは世界一だというではないか。日本一ではない、世界一だ。当時はまだ、スカイツリーという名前が決まっていなかったが、すごいものができるんだ、ということはわかった。


僕は、この大きなプロジェクトにワクワクした。自分が住む街が舞台なのだからなおのことだ。


自宅マンションのベランダから見える風景に、建設途中のスカイツリーのてっぺんが顔を出すようになり、日を追うごとに、少しずつ目に映る面積が大きくなっていった。子供の成長を見守るように、日々背が高くなっていくスカイツリーの様子を観察するのが不思議と楽しかった。悩み多き東京のサラリーマンにとって、貴重な癒しだった。


にも関わらずだ。その存在が、明らかに周りの風景から浮いたものになってきた頃には、背の高いスカイツリーが当たり前になり、毎日ベランダからその姿を観察することもなくなっていった。


人間の慣れというものは、なんだか冷徹だ。


建設中のスカイツリーでさえ、いつもの風景になっていた。

僕は、スカイツリーの完成を自宅マンションのベランダから見届ける前に引っ越した。


この街が好きだったので、引越先も押上の自宅マンションからまぁまぁ近い。スカイツリーへは自転車で行ける距離だ。なんなら歩いても行くこともできる。


街が好きなのか、スカイツリーが好きなのか?


以前のように自宅マンションのベランダからスカイツリーを眺めることはできなくなったが、あの背の高さだ。近所を歩けば、僕が見る風景にはたいていスカイツリーが入り込んでくる。


スカイツリーの存在は完全に日常の一部になっている。

日常の風景なのだが、目に映ると常に気になる。不思議なものだ。

僕の通勤経路上にスカイツリーが綺麗に見える場所がある。川沿いに見えるスカイツリーなのでくっきりとその姿を見ることができる。


天気がいい朝のスカイツリーは清々しい。青い空に天に向かって白くスラッと伸びるスカイツリーを見ると、元気が出る。朝なので、時間にも心にも余裕はない。それでもたまにスカイツリーをじっと見ながら歩いてしまう。


夜のスカイツリーはまた格別だ。夜の風景にライトアップされたスカイツリーが浮き上がる。すごい存在感だ。かれこれ9年近く見ている風景だが、いまだに意識をしてしまう。仕事で疲れて自宅に帰る安堵感からか、たまに立ち止まって見とれてしまう。毎日違った姿を見せてくれる。完成当初はライトアップのバリエーションとして、青と紫の二色です、と公表されていたと思うが、実際は相当なカラーバリエーションがある。今日は緑、今日はピンク、オリンピックだからレインボーカラー、とか違った姿を見せてくれる。


日常の一部になっているのに、全く飽きることがない。

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