第7話 本題


「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした……」


「あはは、気にしなくていいよ〜」


あの手刀をくらってから、どれぐらいの時間が経ったのだろうか。

長いこと気を失っていた俺は意識が戻るやいなや、リビングでナオさんにダイナミックな土下座をかましていた。

さっきまで街を明るく照らしていたはずの太陽は既に沈みかけており、その事実がいっそう俺たちの罪悪感を増幅させていく。


「ごめんなさいごめんなさい、まさかお兄ちゃんを気絶させてしまうだなんて思ってなかったんです本当にごめんなさい」


深雪はというと、頬をつたう冷や汗を何度も拭いながら、壊れかけたロボットのように同じ謝罪を延々と繰り返している。


「ゴメンナサ……ぷしゅう〜」


あ、壊れた。


「深雪、ナオさんは許してくれるそうだぞ。そんなに気負う必要はない」


「うんうん〜。それに、そんな調子だったら今から話すが頭に入らないだろうしね」


ソファーに座りながらコーヒーを飲んでいるナオさんは、急に真面目な顔になって胸ポケットの中から一枚のメモ用紙を取り出す。


「本題、とは何かお伺いしても?」


「あれっ、深雪ちゃんから聞いてなかったの?」


隕を踏むつもりはないが、速攻で相好が崩れるナオさん。

妹のほうを振り返ると、下手くそな口笛を吹きながら今にもこの場から去ろうとしている最中だった。

……あれでどうにかなるとでも思っているのだろうか?


「──深雪」


「ひうっ! ご、ごめんなひゃいっ!?」


あえて冷たい声色で言ってみると、深雪の肩がびくりと震え上がる。

はぁ……まあ、もう慣れてるからいいんだけどな。

むしろ愛する妹の珍しい声が聞けて、お兄ちゃんは満足です。


「よしっ、じゃあ仏のごとき広ーい心を持つお姉さんがもう一度だけ説明してあげよ〜」


ダンッ!と、凄まじい勢いでテーブルにコーヒーを置いたナオさんが立ち上がり、どこか得意げな表情で天井に小柄な指を突き立てる。

憧れのナオさんが話す"本題"……どんなものかは想像もつかないが──。


「ずばり! 今日ここにお姉さんが来たのは、悠人くんのモデルを描くにあたって本人の意見を聞くためなのでした〜!」


「……はい?」


この人は今、なんと言った。

まるで俺のモデルを、ナオさん直々に描いてくれるような……いや待て、えっ?


「それはつまり、どういう」


「要するに〜、お姉さんが悠人くんのアバターモデルを描くから、何か要望があれば言ってほしいな〜ってこと」


「ほう……」


いやちょっと待て、理解が追いつかん。


憧れの絵師であるナオさんが、Vtuberとしての俺のモデルイラストを書いてくれる……?


いやちょっと待て、理解が追いつかん。


それはつまり、ナオさんがこの世界Vtuberで言うところの「ママ」になってくれるのと同じことで──。

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