第722話 残念な気持ちで一杯になる

 鋼の剣を砥石で研ぐことしばし。ようやく納得のいく刃に仕上がった。最後にしっかりと磨き上げると、まばゆいばかりに刃が輝いている。あとはこれに持ち手の部分をつければ完成だ。


「見事だな」

「本当ですね。そのまま飾っておきたいくらいです」

「使うのがもったいないわね。恩賞としても十分に使えそうだわ」

「ありがとうございます」


 どうやら王族のみなさんには喜んでもらえたようである。俺が剣の刃を作り終えたのを見届けて、満足そうな顔をして国王陛下たちは帰って行った。

 全力で急いで作ってよかった。きっと貴重な時間をこのために使ってくれたのだろうから。


「お疲れ様」

「あとは持ち手の部分を作れば完成です」

「ひとまず休憩にしましょうか」

「そうします」


 ダニエラお義姉様は武器工房近くのサロンに場所を用意してくれていたようだ。俺たちが到着するとすぐにお茶の時間になった。お茶を飲みながら、ホッと一息つく。


「ミラは退屈だっただろう?」

「キュ?」


 そんなことはなかったとばかりに首をひねるミラ。俺が剣を打っているところを見る必要はなかったのだが、ダニエラお義姉様もネロもずっと見ていたからね。ミラを一人で歩かせるわけにはいかないし、しょうがなかったと思おう。


「剣のことはよく分からないけど、それでもユリウスが打った剣はすごいと私は思うわよ」

「ありがとうございます。それなりに普通の剣なんですけどね」

「とても素晴らしい剣だと思います。ありがとうございます、ユリウス様。ん? それなりに?」


 ネロが首をかしげている。ダニエラお義姉様も同じように首をかしげた。ライオネルは付与のことを知っているのか、どこか納得したような表情をしている。


「ユリウス様は付与もできたのですね」

「まあね。魔法の延長みたいなものだからね」

「付与! ああ、なるほどね」

「付与、とはなんでしょうか?」


 どうやらネロは付与のことを知らないみたいだ。武器や防具を買う人ならば一度は聞いたことがあるのだろうが、ネロにはこれまで無縁だったからね。知らなくてもしょうがないか。


 ライオネルがネロに付与について話している。そして付与された武器や防具がかなり珍しいものであることも一緒に話している。

 そうだったのか。知らなかった。俺もあまり武器や防具を売っている店には行ったことがないからね。知識不足はしょうがないとは思う。


 でもそうなると、ちょっとやらかしたかもしれない。付与が一つ入っているだけでも貴重だというのであれば、二つ入っているネロの剣は、相当貴重なものになる。


「それで、ユリウス様。あの剣には一体何の付与が備わっているのですかな?」


 片方の眉をあげて楽しげに聞いてくるライオネル。どうやらライオネルは俺の新たな才能に気がついて、うれしいみたいだな。これはもしかすると、ハイネ辺境伯家へ帰ったら、騎士たちの剣に付与をすることになるかもしれない。


 これなら見た目はただの鋼の剣なので、準伝説級の剣や伝説級の剣のように、目立つことはない。あとから付与するのは大変だけどね。


「硬質化と劣化防止を付与しているよ。これなら壊れにくいし、切れ味が鈍くなることもないからね」

「え?」


 今度はライオネルの顔が引きつった。やっぱり二つ付与を入れたものはレア度が高かったようである。ダニエラお義姉様とネロはそこまでは知らなかったみたいで、首をかしげていた。


「同時に二つの付与など、聞いたことがないのですが……」

「え、そっち!? もしかしてダメなやつだった?」

「ダメかどうかはお答えいたしかねますが、大変、まれであることは間違いないかと」


 どうやら二つ付与はまずかったらしい。それを聞いたダニエラお義姉様とネロは目を大きく見開いている。もちろん俺も。どうしよう。今さら作りなおすわけにはいかないだろうし。


「えっと、俺が付与できることは、他の人には内緒にしてほしいです」

「そうね、その方がよさそうね。あれだけの剣を打てるだけでもすごいことよ。それに二つ付与までなると、とんでもないことになりそうだわ」

「誓ってだれにも話しません」

「私もこのことは胸に秘めておくことにします。それにしても残念ですな」

「ハイネ辺境伯家で使われている武器に付与するわけにはいかなくなったからね」


 ガックリと肩を落とすライオネル。やっぱりそう思っていたようだ。俺は負担が減ったのでラッキーかと思いきや、仲良くなった騎士たちの役に立てなくなったので、残念な気持ちで一杯である。


「あの、そのような貴重な剣を私がもらってもいいのでしょうか?」

「いいんだよ。ネロのために作っているんだから。これが俺への報酬なんだから、もらってもらわないと困るよ」


 申し訳なさそうに眉を下げるネロ。こんなことなら付与のことは黙っていればよかったな。その前に、もっと付与のことを知っておくべきだったか。

 俺の知識と、この世界の常識をすり合わせる必要があるんだけど、どうやってそれをすればいいのか分からないんだよね。


 さすがにすべてを比較するわけにはいかない。そんなことができるのは、この世界のことをすべて知っている仙人のような人だけだろう。

 そのため俺ができるのは、そのズレにぶち当たったときに、なんとかごまかして対処することだけである。周りには迷惑をかけることになるけど、こればかりはどうしようもないと思う。

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