第716話 それぞれの報酬

 どうやら王妃殿下はダニエラお義姉様に何かプレゼントしたくてしょうがないみたいだな。これまでそんな機会がなかったのかもしれない。やることはすべて、”王族として当然のこと”として見られていただろうからね。こんなチャンスはめったにない。


「それでは、王都にもう一つ、ハイネ商会の販売店舗を準備してほしいです」

「分かったわ。新しい店舗は国がしっかりと面倒を見てあげるわね」


 どうやらダニエラお義姉様は自分よりも、ハイネ辺境伯家の利益を優先してくれたようである。王妃殿下は”しょうがないわね”みたいな、ちょっと眉を下げた顔になっている。

 ダニエラお義姉様が欲しい物には間違いないのだろうが、確かにちょっと違うよね?


 きっと今は満たされているから、特に欲しい物はないんだろうな。子供ができれば、その子のために欲しい物がたくさん出てくるかもしれない。それまではしばらくおあずけになりそうだ。


「さあ、最後はユリウスちゃんよ。何か欲しい物はないかしら?」

「それでは……ネロに剣をプレゼントしたいので、どこかの工房を一時的に貸してほしいです」

「工房を? ユリウスちゃん、鍛冶仕事もできるの?」

「えっと、これでも魔道具を作ることができますからね。その延長で、剣も作れるかな、と思ってます」


 うーん、と考え始めたお三方。俺のことを三人よりもよく知っているダニエラお義姉様は”まさか”みたいな顔をしている。

 なんか誤解されているようだけど、『クラフト』スキルの延長で、武器、防具を作ることができるんだよね。


「大丈夫なのかしら?」

「任せて下さい。これまでは設備がなくて作る機会がなかっただけですから」

「分かったわ。それじゃ、王城内にある鍛冶工房を使わせてあげるわ。確か、それなりに設備が整っていたわよね?」


 王妃殿下が国王陛下に尋ねた。国王陛下は大きくうなずくと、少し説明を加えてくれた。それによると、王城内には騎士たちが日頃から使っている武器を作るための工房があるらしい。


 そこでは汎用品の武器だけでなく、功績を残した者に与えるための、特別な剣も作っているとのことだった。


「ずいぶんとお詳しいのですね」

「ふむ、それがな……」

「国王陛下の趣味の一つなのよ。剣を作るところを見るのがね。本当は自分でも作りたいみたいなんだけど、さすがにそれはさせられないでしょう? だからそれは、王位を譲るまで取っておくそうよ」

「なるほど、そうだったのですね」


 そういえば、魔道具を作るのが好きな国王もいたんだったな。きっと王族たちには作り手としての血が流れているのだろうな。それなのに、王としての品格を失わないように我慢しているのか。俺にはとても我慢できそうにない。素晴らしいことだと思う。

 そんな国王陛下のために俺にできること。


「あの、もしお時間があるようでしたら、私が剣を打つのを見にきませんか? その時間だけでも、お仕事のこと忘れていただければと思いまして」


 やっぱり迷惑だったかな? 言ってからそう気がついた。剣を打つのを見ている間にも、仕事はたまっていくわけで。

 だが、そんな俺の心配は不要だったみたいである。


「いいのか? ぜひ、見学させていただきたい。ユリウスが魔道具を作っているところも一度見てみたいと思っていたのだが、剣を打つ姿なら、さらにいいな!」


 満面の笑みで身まで乗り出している。こんなことなら、魔道具を作っている姿を見せてあげればよかった。

 そんな童心にかえったような国王陛下を見て、王妃殿下はどこかほほ笑ましそうにしている。


 ダニエラお義姉様と皇太子殿下にいたっては、そんな国王陛下の姿を初めて見たのか、キョトンとしていた。きっとこれまでは父親としての威厳を保つために頑張ったんだろうな。

 バツが悪かったのか、コホンとせきをする国王陛下。


「それでは報酬の話はこれで終わりにしよう。ユリウスには追って日時を知らせる」

「いつでもお待ちしております」

「国王陛下、ユリウス殿、私も一緒に見学させていただいてもいいでしょうか?」

「あら、それなら私も見学したいわね」

「それは構いませんけど……?」


 なんだか規模が大きくなってきたな。ちょっと苦笑いになりそうな笑顔を、頑張って満面の笑みにしてダニエラお義姉様を見ると、”私も行く”とその顔にしっかりと書いてあった。

 もうなるようにしかならないな。ネロの剣を作ることだけに集中しよう。


 お茶会が終わり、部屋をあとにする。あとはこのままダニエラお義姉様と一緒にタウンハウスへ帰るだけである。

 あの感じだと、思ったよりも早くその日が来そうだな。


「ダニエラお義姉様、アクセルとイジドルに報酬の話をしてきてもいいでしょうか?」

「ええ、構わないわよ。それではあとで会いましょう。私はその間に、アレクへお話をしておくわ」


 うれしそうに笑うダニエラお義姉様。これからアレックスお兄様と遠距離通話をするつもりなのだろう。新たにハイネ商会の建物が王都に増えるとなれば、アレックスお兄様もさぞかし喜ぶことだろう。

 ついでに人手の話もするのかもしれない。加護をくれた緑の精霊様には感謝だな。

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