第713話 鎮まりたまえ

 俺たちが拠点へ到着したころには、ちょっとした宴会のようになっていた。どうやら俺たちが戻ってきていないことにも気がつかなかったようである。

 うーん、ちょっとだけ嫌な感じがするな。


 だがそう思ったのは俺だけじゃなかったようだ。ダニエラお義姉様も不服そうな顔でその様子を見ている。それに気がついた、討伐隊を護衛していた騎士が慌てた様子で取り繕っていた。


 これはダニエラお義姉様から国王陛下へ報告されるパターンだな。ダニエラお義姉様からの”黒い魔物がもう一匹いる”という報告は討伐隊へも届いているはずなのに。どうしてこうなった。


「無事にお戻りになって安心しました。その様子だと、二匹目の黒い魔物なんていなかったようですね」


 にこやかにそう言った、たぶんこの中で一番偉いと思われる騎士。

 あ、ダニエラお義姉様がキレそう。それを察知した俺は慌ててダニエラお義姉様を止めた。


「ダニエラお義姉様、疲れているでしょう? 私たちのテントにお茶を用意したので、一緒に飲みましょう!」

「ダニエラ様はずっと歩きでしたよね? 夕食の時間まで、一緒にお茶の時間にしましょう!」

「そうですよ。ダニエラ様と一緒にお話したいです!」


 俺とアクセルとイジドルが頑張ってダニエラお義姉様を誘導する。ここでダニエラお義姉様がムキになって、俺たちと黒い魔物の戦いについて話したら、討伐隊の手柄がかすんでしまう。


 そうなると、当然、聖剣の使い手の手柄もかすんでしまうわけで。それでは何しにここまで来たのかが分からない。あくまでも俺たちはおまけなのだ。ここで出しゃばってはいけない。


 無言のダニエラお義姉様の手を引っ張って、なんとか俺たちのテントまで到着した。そこではすでに先回りしたネロがお茶を整えてくれていた。さすがはネロ。そしてミラがピョンとダニエラお義姉様に飛びついた。

 どうやらミラも、ダニエラお義姉様がささくれ立っていることを察してくれたようである。


「ダニエラお義姉様、落ち着いて下さい」

「ダニエラ様、クッキーもありますよ。おいしいですよ」

「……」


 無言でモサモサと食べるダニエラお義姉様。ダニエラお義姉様も分かっているのだが、気持ちの整理がつかないようだ。その手は必死にミラをなでている。


「少しくらいは苦戦した雰囲気を作っておけばよかったかな?」

「うーん、服くらい、汚しておくべきだったか?」


 イジドルとアクセルが小声で話し合っているが、丸聞こえである。もうその話はやめておいた方がいいんじゃないかな。

 先ほどからライオネルが無言だが、もしかするとこちらも怒っているのかもしれない。ここは俺がなんとかしなければ。


「ダニエラお義姉様もライオネルも、先ほどの話は聞かなかったことにしましょう」

「でも……」

「私たちがやったことについては、ダニエラお義姉様がしっかりと報告して下さるのでしょう? 私はそれで十分ですよ」


 それでも納得できないのか、ダニエラお義姉様の顔がゆがんでいる。ダニエラお義姉様からすると、あの場でみんなに報告して、正当な評価を受けさせたかったのかもしれない。

 でもなー。


「下手に周りに話して、また私が何かやらかしたことになるよりかはずっといいですからね」


 冗談めかしてそう言うと、ようやくダニエラお義姉様の表情が緩んだような気がした。

 もう一押しだ。パワーを笑い話に。だれか、空気読んで!


「それもそうだな。ユリウスのやらかしが原因で、俺たちまでやらかしたことになるのは嫌だからな」

「ちょっと、アクセルくん? そんな言い方はないんじゃないかな?」


 俺の作り笑顔にみんなが笑う。さすがはアクセル。空気が読める男。

 でもね、アクセル、あとでテント裏に呼び出すからね?




 翌日、俺たちは王都へ向けて出発した。黒い魔物に関する、何かしらの痕跡を見つけられる可能性が高いうちに、調査団を派遣してもらわなければならない。


 ダニエラお義姉様は馬車の中でも報告書を書き続けていた。揺れる馬車の中でも手紙を書くことができるのは、馬車がアレックスお兄様が開発した極めて揺れない馬車であることと、インクビンを用意しなくてすむ、万年筆があるからだ。


「ユリウスがこの万年筆をプレゼントしてくれて、助かってるわ」

「いえ、それほどでもありませんよ。それよりも、余計に仕事を増やしてしまったのではないかと思っているところです」

「そんなことはないわよ。移動の時間を有効に使えなかったとしたら、夜寝るのが遅くなっていたはずだわ」


 クスリと笑うダニエラお義姉様。確かにそうかもしれないな。これまでは馬車の中といえば、寝るくらいしかできなかったことだろう。そしてその睡眠も、ガタガタと揺れる馬車の中では快眠できなかったはずだ。


「黒い魔物の報告が終わったら、ハイネ辺境伯家へ戻ることになるのですよね?」

「今のところはその予定よ。それとも、何か王都でやりたいことがあるのかしら?」

「いえ、そんなことはありませんが、アクセルとイジドル、それにカインお兄様とミーカお義姉様と別れるのは寂しいなと思いまして」


 物理的に住んでいる場所が違うからね。仕方ないことだとは思っているのだが、王都で過ごす日々が楽しかったので、ついついそんなこと考えてしまった。

 寂しいと思うのは俺だけじゃなかったみたいで、アクセルとイジドルも顔を曇らせていた。


 でも、領地にはファビエンヌやジャイル、クリストファーがいる。家族だっているのだ。これ以上、ここでわがままを言うわけにはいかないな。

 そう思うと、久しぶりにファビエンヌの顔が見たくなってきたな。通信の魔道具では声しか届かないからね。ファビエンヌもそう思ってくれていたらうれしいな。

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