第703話 不穏な知らせ

 その後も順調に通信の魔道具の納品を行い、そろそろ終わりが見えてきた。ジョバンニ様たちへの魔法薬の指導も問題なく進み、抗老化化粧水も滞りなく納品されている。

 問題があるとすれば、やはりホーリークローバーだろう。


 あれからジョバンニ様たちも入手しようとあの手この手を使っているのだが、十分な量を確保できるまでには至っていない。

 王城にある温室で採取できるホーリークローバーの数は、よくて一日一本だった。つまり、収穫がゼロの日があるということだ。これは困った。


「地道にクローバー畑を作るしかなさそうですね」

「土地を確保しようとすれば少々離れた場所になってしまいますが、それしか方法はなさそうですね」


 冒険者にも頼んでいるのだが、相変わらず数は少ないし、品質もよくなかった。かなり苦戦しているようだ。俺が採取方法を直接指導することができればよかったのに、残念ながらそれは不可能そうだった。

 貴族の子供が冒険者に交じって依頼をこなすのはさすがに無理がある。仕方ないよね。


 ハイネ辺境伯家からホーリークローバーを提供するのは構わないけど、王都まで運んでくる間に多少品質が落ちるんだよね。だからといって、完全劣化防止容器に入れて王都へ届けようものなら、その容器が話題になってしまう。痛し痒しだな。さて、どうすればいいのやら。


「ユリウス、いるかしら?」

「ダニエラお義姉様? 何かあったのですか?」


 ダニエラお義姉様が調合室へ来るのは特に珍しくはないのだが、こんなにあせった様子でここへ来るのは初めてだ。ミラを連れていないところを見ると、今は王妃殿下が面倒を見ているのかな? 人気なんだよね、ミラ。

 ハイネ辺境伯家で独占していたので、ここぞとばかりに取り合いになっているようなのだ。


「忙しいところ申し訳ないのだけど、ちょっと一緒に来てもらえるかしら?」

「それはもちろん構いませんけど」


 そう言いつつ、扉の向こうで待機していたライオネルに目を向けた。ライオネルにも身に覚えがないようで首をかしげている。

 これは何か他には秘密にしておかなければならないことが起こったみたいだな。


 ジョバンニ様や、魔法薬師のみんなに軽くあいさつしてからダニエラお義姉様の後ろを追った。もちろん、ライオネルとネロもついて来ている。


 そのまま案内されたのは国王陛下の執務室だった。さすがにちょっと入るのには勇気がいるな。

 思わず扉の前で立ち止まり振り返った。ライオネルとネロが困惑したように眉を寄せている。さすがに一緒に中に入るのはまずいだろうな。


「二人とも、ちょっとここで待っていてほしい」

「分かりました。お待ちしております」


 そんな俺の様子を見てダニエラお義姉様が一つうなずく。ダニエラお義姉様の護衛が扉をノックすると、すぐに内側から扉が開かれた。

 ダニエラお義姉様に続いて中に入ると、国王陛下と王妃殿下、そしてミラの姿があった。


 どうやらミラは何も知らないようで、王妃殿下の膝の上におとなしく座っている。他にも騎士団長や魔導師団長の姿もあるな。これは本格的に厄介なことが起こったみたいだ。それも、戦闘面でである。


 俺たちが地下道の調査を行ったのと関係があるのかな? あれから何も話を聞いていないので、ダニエラお義姉様がいい感じにまとめてくれたのだと思っていたのだけど。


「呼び出してしまってすまない」

「いえ、とんでもございません。国王陛下のお呼びとあれば、いつでも参上いたします」

「うむ。通信の魔道具、あれはとてもよい物だ。ユリウスには頭が上がらんよ」

「恐れ入ります」


 この話をここでしたということは、騎士団長と魔導師団長は通信の魔道具のことを知っているということだな。まあ、当然か。騎士と魔導師のトップが知らなかったら、作戦面で色々と問題になるか。


「その通信の魔道具がさっそく役に立ったようだ」


 そう言ってから国王陛下がチラリと騎士団長を見た。騎士団長が俺の方を向いた。それに合わせて、俺も姿勢を改めた。隣に座っているダニエラお義姉様も居ずまいを正す。どうやらダニエラお義姉様も聞いていなかったみたいだ。


「実は先ほど、王都の近くに黒い魔物が現れたとの報告があった。大きさはビッグボアよりも二回りほど大きいそうだ。今は森へと逃げたのを追っている」

「黒い魔物が……一体どこから?」

「それも調査中だ。この事態を重く見た我々はすぐに討伐隊を向かわせることにした。もちろん、聖剣の使い手を送り出す」


 それには国王陛下も了承済みのようで、静かにうなずいている。どうやら早くも聖剣使いの出番が来たようだ。聖剣の使い手を選び直すように進言しておいてよかった。

 でもなんで俺がここへ呼ばれたのだろうか? 聖剣の使い手でない俺には関係のない話のはずなんだけど。


「まさか国王陛下、ユリウスも同行させようと思っていないでしょうね?」

「まあ、その、なんだ、念のためにな?」

「国王陛下、それなら聖剣の使い手を選ぶ必要はなかったのではないですか?」


 ダニエラお義姉様が怒っていらっしゃる。いつもよりも強い口調である。初めて聞く声色に、ダニエラお義姉様ってこんな声も出すんだ、と思わず現実逃避してしまった。

 どうやら聖剣の使い手をダニエラお義姉様が探していたのは俺のためでもあったようだ。聖剣から俺を遠ざけることで、争い事から離れさせようとしてくれていたらしい。


 もしも聖剣の使い手が見つからなかったら、俺に持ってもらうと言っていたのは、国を守る責務がある王族としての最終手段だったのだろう。


 だが、その最終手段は必要なくなった。無事に聖剣の使い手が選ばれ、俺が争いに巻き込まれる可能性がなくなってひと安心。

 そんなところにこの話が来た。それで怒っているのだろう。

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