第698話 祭壇
初めてのゾンビ討伐にうれしそうな声をあげたカインお兄様。続いてミーカお義姉様も剣を振る。その剣もゾンビを斬り裂き、相手は灰になった。
「すごいわ。こんなに簡単に倒せるだなんて。学園で習ったのとはちょっと違うような気もするけど、理論と実践が違うのはしょうがないことよね」
「ミーカお義姉様、自分で言うのもなんですが、聖なるしずくの効果が高いからですからね? これが普通だと思わない方がいいと思います」
「あ、ユリウスも普通じゃないという自覚はあるんだな」
「失礼だな、アクセル」
そんな軽口をたたきながら、カインお兄様と場所を入れ替えたアクセルがゾンビを斬った。こちらももちろん灰になる。
「これは本当にすごいな。父さんに聞いた話だと、バラバラにしないと倒せないって言ってたんだけどな。ほら、次はイジドルの番だぞ」
「ボ、ボクはいいよ! 遠慮しないでボクの分までゾンビを倒しちゃって」
なぜか順番に試し斬りを始めた俺たちの後ろで、部長さんは真剣な様子でゾンビを観察していた。部長さんは戦闘に参加できないからね。きっとリアルなゾンビの動きを、後世に書き残すつもりなのだろう。なんかやだな、それ。
「やはりそうみたいですね」
「どうしたんですか、部長?」
「どうやら先ほどから戦っているゾンビは長年熟成されて、ゾンビより格が上のハイゾンビになっているみたいです」
「ハイゾンビ?」
何そのハイエルフみたいな響きの魔物は。魔物図鑑にあったような、なかったような。テンションがハイになったゾンビじゃないよね?
カインお兄様たちも聞き覚えがないのか、首をかしげている。
「通常のゾンビよりも耐久性が高いのですよ。ハイゾンビともなれば、そのままにしておくと元の形に戻るそうです」
「元の形に戻る……それは厄介だな。でも、授業じゃ習わなかったぞ?」
「とてもレアな魔物ですからね。普通のゾンビは時間が経過すると残っていた肉が腐敗して、スケルトンになります」
なるほど、確かに進化? の順路としてはそれが正しいのかもしれないな。腐った肉は微生物に分解される。そして残されるのは硬い骨だけになる。つまり、スケルトンの誕生だ。
「どうしてそれがこんなところにいるのかな?」
「理由は分からないけど、調べてみる必要がありそうだね。たぶんこの先にあると思われる祭壇が関係しているとは思うけど」
イジドルの質問にそう答えた。俺が視線を奥へと向けると、そこからは追加のハイゾンビがズルズルと歩いてきた。どうやらおかわりが来たようである。
引きつるイジドルの顔。また試し斬りができるのがうれしいのか、いい顔になる三人。ネロは俺の隣で護衛中である。ネロ、試し斬りしてきてもいいんだよ?
順調に倒していると、ついに増援が途切れた。『探索』スキルで調べてみると、残りは奥に残った五体と、他とは違う反応がある一体だけである。ゾンビを操っている魔物か。リッチだろうな。まあ、大した相手じゃないけどね。
レイスに毛が生えたようなものである。俺の手にかかれば、チョチョイのチョイだ。アンデット系の魔物にバツグンの効果を誇る光属性魔法を使えばいいだけだからね。これなら地下道の壁も壊れない。
「ようやく先に進めるな。何が起こるか分からないから油断はするなよ」
「ハイゾンビをこうも簡単に退けるとは。その聖なるしずくという魔法薬はものすごい効果を持っているのですね」
部長さんが感嘆の声をあげている。まさかこんな代物が用意されているとは思ってもみなかったのだろう。
おそらく部長さんがカインお兄様に目をつけたのは、銀の剣を購入できると考えたからだと思う。それでなら、ゾンビを相手にしても戦うことができる。
それなのに、フタを開けて出て来たのは、銀の剣よりももっとすごい効果を発揮する魔法薬だった。そりゃ驚くのも無理はないな。
だが、銀の剣では、リッチ相手には苦戦することになっていただろう。倒せることは倒せると思うけど、よほどの熟練冒険者でもなければ無傷ではすまされない。聖なるしずくを用意しておいてよかった。
慎重に先を進むと広い空洞が見えてきた。奥に進むに連れてライトの魔法によって、徐々にその空間の全体像が見えてきた。奥には祭壇のようなものが見える。その前には残りのハイゾンビと、やはりリッチの姿があった。
「まずいな、あれはリッチだ」
動きを止めたカインお兄様がうめいた。どうやら学園でも危険な魔物として教えられているようである。リッチは命あるものから生命力を吸い取って、自分の中に取り込む性質がある。
そのため、今の俺たちはリッチにとって、ごちそうのように見えていることだろう。
「ユリウス、時間を稼ぐから、みんなを連れて逃げてくれ」
「カインくんはどうするの!?」
「時間を稼ぐ」
「カインくん……」
なんかいい感じになっている二人。どうしよう、このなんとも言えない雰囲気をぶち壊すことになっちゃうんだけど、カインお兄様に変な気を起こされる方がよほど怖いような気がする。
「ユリウスならなんとかなるよね?」
「まあ、そうかもしれない」
俺の魔法に絶対的な信頼を寄せているイジドルが、微妙な空気を読むことなくそう言った。イジドルの頭の中にはきっと、”ユリウスの新しい魔法が見られる”という考えしかないんだろうな。
「ユリウス……」
「ユリウスちゃん……」
二人からチベットスナギツネみたいな目で見られた。やめて、そんな目で俺を見ないで。これでも空気を読もうと頑張ったんだから。
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