第694話 学園に潜入する

「ダニエラお義姉様、その祭壇はどの辺りにあるのですか?」

「それが、分からないのよ」

「分からない?」


 困ったように眉をハの字に下げているダニエラお義姉様。どうやら冗談ではなく、本当に分からないようである。でも、そんなことってあるのかな?


「この地下道が避難場所として使われていたころの記録があるのだけど、そこには祭壇の文字があるの。でも、実際に調査したときにはそのようなものは見つからなかったのよ。もちろんそれらしい跡地もね」

「そうなると、この地下道のどこかに隠し通路があったりするのでしょうか?」


 隠し通路という単語に敏感に反応したカインお兄様とミーカお義姉様。目の輝きがそっくりである。これは完全に似た者夫婦だな。大丈夫かな? だれか止め役が必要なのではないだろうか。


「なるほど、隠し通路か。実にありそうな発想だな。さすがはユリウス」

「そうね。この地図に描いてあるように、ただの一本道だとつまらないものね」


 楽しそうに笑う二人。それを見たダニエラお義姉様が苦笑している。たぶん、俺の顔も同じような顔をしていると思う。


「それじゃ、地下道の調査と同時に、隠し通路がないかも探さないといけないな」


 どうやらアクセルも探すつもりのようである。カインお兄様たちと同じように楽しげな笑顔である。学園の七不思議に挑戦するのを、俺が思っていた以上にアクセルも楽しみにしているのかもしれないな。


「まだあると決まったわけじゃないけどね」

「ねえ、もし隠し通路があって、その先に祭壇があったら、そこにゾンビがいたりするのかな?」


 震えるような声でイジドルが尋ねてきた。その顔には”行きたくない”とハッキリと書いてあった。

 だが、イジドルの意見は却下されることになるだろう。一緒に行くことを決めた時点であきらめるしかないのだ。


「可能性は高いだろうな。それなら、なおさら探さないといけない。聖なるしずくの出番だな!」


 カインお兄様が俺を見た。黙ってうなずいておく。準備だけはしっかりとしておかないとね。そしてそんなカインお兄様を見て、イジドルが”しまった”みたいな顔をしていた。

 ダニエラお義姉様はもう少し地下道のことを調べてくれるらしい。そして俺たちは、学園の休日が来るまでの間、準備を続けることになった。




 他にもいくつか通信の魔道具を作ったところで、その日がやってきた。

 ダニエラお義姉様はあれから色々と調べてくれたみたいだが、追加の情報は得られなかったようである。そのため、くれぐれも気をつけて、と念を押されてしまった。


「アクセルとイジドルとは学園の門の前で集まることになってます」

「よし、それじゃ、俺たちも行こう」

「くれぐれも、無理はしないでね」

「キュ」


 ダニエラお義姉様がミラを抱えながら見送ってくれた。もちろんライオネルも心配そうな顔でその隣に立っている。ライオネルにはダニエラお義姉様を護衛する役目があるからね。今回は我慢してもらおう。


 ネロの両肩をたたいて、何やらライオネルが言い聞かせていたので、きっと大丈夫だろう。ネロならきっと、俺たちの暴走を止めてくれるはずだ。


 俺たちを乗せた馬車が学園へ向かって出発する。学園は休日だが、王都の店はいつも通りのようである。ハイネ商会も店を閉めなくてすむように、交代で休みを取っているからね。どうやらこのやり方が一般的なようである。


 人波をかき分けながら学園へ到着すると、門の前にはすでにアクセルとイジドルの姿があった。俺たちの姿を見つけた二人がこちらへと駆け寄ってくる。


「本日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「それはこっちのセリフだ。よろしく頼むよ」

「よろしくね、アクセルちゃん、イジドルちゃん」


 アクセルとイジドル、カインお兄様とミーカお義姉様がお互いにあいさつをしてる。俺も二人に声をかけると、さっそく聖なるしずくを手渡した。


「これが聖なるしずくだよ。効果は一日持続するから、一度使えば問題ないはずだ」

「一日しか効果がないのか。残念だな。でも、これって実は貴重だったりするのか?」

「それなりにね。類似品はまだないよ」

「それはすごい」


 聖水を剣にふりかけても破邪効果は得られないからね。今のところ、唯一、武器に破邪効果をもたらすことができる魔法薬である。そう考えると、かなりすごいと思う。

 他にも念のために初級回復薬と初級体力回復薬、解毒剤を渡しておく。


「至れり尽くせりだな」

「何かあったら困るからね」

「二人とも、ダニエラ様に言われたことを忘れない? 何かあったらすぐに逃げることになってるからね」

「もちろん分かってるよ」


 俺とアクセルがキャッキャと話しているところに、ちょっと顔色を悪くしたイジドルが注意をしてきた。どうやらすでに嫌な気配を察しているらしい。まだ外なのに。

 準備を整えた俺たちはカインお兄様を先頭にして学園の門をくぐる。


 事前にカインお兄様が申請をしてくれていたおかげで、警備員さんからほほ笑ましいものを見るような笑顔で見送られた。

 きっと兄が弟とその友達のために、学園を案内しているのだと思われたのだろう。実情はゾンビハンターなわけだけど、それには気がつかなかったようである。いるとはまだ決まってないけどさ。


「このまま教会へ向かうぞ」

「分かりました。ダニエラお義姉様からの手紙は……ちゃんと持っているので大丈夫です」

「よし。それじゃ、油断せずに行こう」


 学園の中を、キョロキョロと左右を見ながら、見学気分で進む。もちろんわざとである。怪しげな集団になってしまっては、注目を集めることになるからね。

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