第681話 通信の魔道具

 ダニエラお義姉様が案内してくれた場所は、なんと王族のプライベートスペースにある部屋だった。確かにこの場所なら厳重に警備されているので、セキュリティーは非常に高いだろう。でもなんか、心の奥底にいたたまれなさが。


「あの、本当にこの部屋を使わせていただいてよろしいのですか?」

「ええ、もちろんよ。私が聞いた話だと、この部屋は魔道具づくりが趣味だった、お父様のおじい様が使っていたみたいなのよ。だから遠慮しないでちょうだい」

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


 国王陛下のおじい様って……これ以上は考えないでおこう。

 部屋の中には色んな工作機械が置いてあった。ホコリこそかぶってはいないが、最近使われたような形跡はない。

 ダニエラお義姉様と別れた俺は、さっそく工作機械の手入れから始めた。オイルを差して、ゆっくりと動かす。


「こんなものがあるんだね。初めて見たよ」

「私も初めて見ました。まだまだ知らないことだらけです」


 ネロも興味津々とばかりに、しきりに姿勢を変えながら見ていた。動かしてみると、どうやら『クラフト』スキルがない人でも、比較的簡単に金属や木材の加工ができるようになる装置のようである。これがあれば、ネロも魔道具が作れるようになるかもしれないな。


 そんなことを思いつつ、滑らかに動くようになった工作機械を使って、さっそく金属加工をやってみた。

 今回作ろうとしているのは、通信の魔道具。ベースにするのは指輪かな? 国王陛下への説明にも使ったからね。


「ネロもやってみる?」

「いえ、私は邪魔をしないように見ておきます」

「残念」


 興味はありそうなんだけど、それよりもネロは俺優先なんだよなー。無理しているようじゃないので、本人がそれでいいなら構わないけど。

 俺としてはもっとネロには好きなことをやってほしいと思っている。


 部屋の中にある大きな箱を開けると、そこには色んな種類の素材が入っていた。金属から木材、布、革まで。壁に備えつけてある棚の引き出しには色とりどりの宝石が入っている。


「これ、本当に使ってもいいのかな?」

「なんだか高そうですね」

「よし、宝石には手を出さないでおこう」

「それがいいと思います」


 ダニエラお義姉様からは部屋の中の物はなんでも自由に使っていいと言っていた。だが、それでもさすがにこれは使えない。

 どれも一級品の宝石みたいで、そのまま装飾品として使ってもよさそうだ。さすがは王族が集めたものだけはあるな。


 今回はシンプルな金属の指輪にしよう。飾りもつけない。指輪の内側に魔方陣を彫り込むだけだ。

 そうと決まれば、どの金属にしようかな? ん? オリハルコン? なんでこんなものが!? これは却下だな。


「なんの変哲もない金の指輪にしようと思う。魔力の伝導率も高いからね」

「よろしいのではないでしょうか?」


 ちょっと困惑した様子のネロ。それもそうだよね。普段は相談することもなく、自由に作っているもんね。

 オリハルコンにちょっと動揺した俺は、なんとか気分を落ち着けてから作業を開始した。


 念のため、他の人が同じ物を作れないように、偽装を施しながら魔方陣を描いていく。特殊な極小魔方陣だし、まねできる人はたぶんいないと思うけど、一応である。

 そのままお城で昼食を食べ、作業を続ける。


 途中で部屋にやってきたミラと散歩に行ったり、ネロとお茶をしたりしながら、なんとか夕方には通信の魔道具を完成させることができた。

 試しにネロと一緒に使ってみたが、問題はなかった。


「ようやく完成。さすがに疲れたよ」

「お疲れ様でした」

「キュ」

「あとはこれをダニエラお義姉様に渡せば、ひとまずは大丈夫かな」


 さっそくダニエラお義姉様に通信の魔道具を渡しに行く。どうやらダニエラお義姉様は今日のやるべきことを終えたようで、すぐに会ってくれることになった。


「時間を作っていただき、ありがとうございます」

「ちょっと、ユリウス、やめてよね。私はあなたの姉なんだから、そういうのは気にしなくていいのよ」


 ちょっとふくらんだダニエラお義姉様に、完成した魔道具を渡した。その指輪型の魔道具は、それを身につけた人たちの間だけで遠距離会話をすることができる代物だ。

 受け取った指輪をよく観察するダニエラお義姉様。もしかして、もっと豪華な装飾にしておいた方がよかったかな?


「試しに使ってみることはできるかしら?」

「もちろんですよ。それでは私がその片方を持って離れますね」


 ダニエラお義姉様から指輪を受け取ると、部屋の端へと移動した。

 一応、この通信の魔道具は極秘扱いになっているはずだ。他の人では試せないし、廊下に出て試すわけにもいかない。


 指輪に魔力を込めて語りかけると、ダニエラお義姉様の声が聞こえてきた。確認はしておいたけど、やっぱり問題はないようだ。

 動作が確認できたので、席へと戻る。ダニエラお義姉様は指輪を見つめていた。


「あの、もっと装飾を入れた方がいいなら、そうしますよ?」

「ああ、いえ、そうじゃないのよ。そうじゃなくて、よくこんなすごい魔道具を簡単に作れるなと思っちゃって」

「ダニエラお義姉様、全然簡単ではないですよ。私がそれを作るのにどれだけ苦心したことか」


 そうしてしばらくの間、ダニエラお義姉様にそれを作るのがどれだけ大変なのかを、ちょっと大げさに話しておいた。この話が国王陛下にも伝われば、大量に作ってくれと頼まれることはないだろう。

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