第656話 やっぱり分からない
その後は職人たちの仕事ぶりを見てから店舗へと向かった。職人たちの仕事は問題なし。眼光は鋭いのに、みんな楽しそうに物づくりをしていた。そしてものすごく作る速度が速い。まさに熟練の職人。すごい。
店舗へと到着した。こちらも問題はないみたいだな。魔法薬の売れ行きはいいみたいで、特に初級回復薬の減りが早いみたいだった。
よく見ると、冒険者らしき人たちの姿が見える。どうやら冒険者たちが買っていってくれているみたいだ。
これで冒険者たちが安全に仕事をすることができるようになれば、領内もますます安全になるはずだぞ。辺境の地にはまだまだ魔境があるからね。それだけに、ハイネ辺境伯家だけでは手が回らない場所がいくつもあるのだ。
「日用品も売れているみたいだね。これで少しは庶民の生活も豊かで便利になったかな?」
「きっとそうなっておりますわよ」
目の前で売れていく鉛筆やガラスペンを見ながらそう思った。ガラスペンは贈り物にするのかな? 丁寧に包んでもらっている。ガラスペンはプレゼントとしても人気なようである。
そんな売り場の様子を笑顔で確認してから商会本部へと向かう。ここにアレックスお兄様とダニエラお義姉様がいるはずだ。扉を軽くノックしてから中に入る。
「ユリウスです。アレックスお兄様とダニエラお義姉様はいますか?」
「やあ、ユリウス。様子を見に来てくれたのかい? みんなも喜んでくれたことだろう。ファビエンヌ嬢もようこそ」
「ユリウスもファビエンヌちゃんも、よく来てくれたわ」
「みんなにファビエンヌの元気な姿を見せてきました」
「お邪魔しておりますわ」
商会の執務室ではアレックスお兄様とダニエラお義姉様が机の上の書類と格闘していた。邪魔しちゃったかな? でもこの案件は早い方がいいんだよね。
「ダニエラお義姉様、ファビエンヌが抗老化化粧水を作ってくれたので持ってきました」
ガタッと音がして、ダニエラお義姉様が立ち上がった。その目は大きくなり、輝いている。期待しているのだろうな。
思うに、お母様以上にダニエラお義姉様には必要ないような気がするんだけど。
「こちらになりますわ」
テーブルへ移動したアレックスお兄様とダニエラお義姉様の前に、ファビエンヌが抗老化化粧水を置いた。興味深そうにそれを観察する二人。
これから主力商品になるかもしれないからね。戦いはすでに始まっているのだ。
「改めて聞くけど、どんな効果があるのかな?」
「一日一回、肌に塗ってもらえれば、肌の老化防止と、回復効果が見込まれます」
「なるほど」
「すでにお母様には使っていただきました。シワがなくなったと言っていましたよ。私にはよく分かりませんでしたけどね」
正直にそう話したのだが、ダニエラお義姉様はなかなかの素早い動きで抗老化化粧水を手に取った。見れば見るほど、ダニエラお義姉様には必要ないと思うんだけどな。
どちらかと言うと、老化防止に興味があるのかな? うん、きっとそうだ。
「使ってみても構わないかしら?」
「もちろんですよ。ただし、一日一回にして下さいね。それ以上使うと、肌に悪い影響が出るかもしれません」
「分かったわ」
真剣な面持ちでダニエラお義姉様がそう言った。こちらでもゲロマズ魔法薬によるセーフティがしっかりと働いているようである。ありがたいな。ゲロマズ魔法薬も無駄ではなかったのだ。
ダニエラお義姉様が慎重に抗老化化粧水を手に取り、両手へと広げていく。お母様が使ったときも効果が分かりにくかったが、ダニエラお義姉様だとますます分からない。
変化あった? と聞きたいところである。
「しっとりしてきたわ。ほら、触ってみてよ」
「どれどれ? うーん、私には分からないね」
アレックスお兄様がダニエラお義姉様の手をなでなでしている。なんだこのラブラブな感じ。俺たちは一体、何を見せられているんだ。
しかしそこはさすがのアレックスお兄様。気休めではなく、本音を言うことにしたようだ。そしてそれによって、間接的にダニエラお義姉様は元から美しいですよと伝えているようである。なんという高等テクニック。
だがしかし、ダニエラお義姉様はこの抗老化化粧水が痛く気に入ったようである。手から腕へと塗り始めた。ダニエラお義姉様の白い腕があらわになり、なんだかいけないものを見ているような気持ちになってきた。
「気に入っていただけたようで何よりです。それでアレックスお兄様とダニエラお義姉様に相談なのですが、この抗老化化粧水の取り扱いはどうしますか? 王都の王宮魔法薬師長のジョバンニ様に作り方を教えて、そこから広めてもらうという選択肢もありますけど」
うーん、と考え込む二人。迷っているな。この魔法薬を王妃殿下に秘密にしておくのは悪手かもしれない。でも、独占したいとも思っているはずだ。
「そうだね、まずはしっかりと効果の確認から始めようか。ダニエラやお母様では効果が分かりにくいだろう?」
「それは間違いないですね。それでは使用人たちにも試しに使ってもらうことにします」
「それと、ハイネ商会で働いている従業員たちにも試してもらいたいかな。そうすれば、宣伝にもなるからね」
なるほど確かに。従業員たちが若返っていたら、買い物に来た奥様方は目の色を変えることだろう。従業員たちの士気も上がり、宣伝にもなる。まさに一石二鳥の作戦だ。
「分かりました。それでは数を作って、ハイネ辺境伯家で働いている人たちに使っていただきますね」
「それでは騎士団の方にも使っていただきませんか? いつもお世話になっておりますからね」
「いい考えだね、ファビエンヌ。きっと女性の騎士たちが喜ぶよ」
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