第652話 抗老化化粧水

 調合室にはまだ魔法薬師たちの姿があった。そしてテーブルの上の小瓶に入った魔法薬をしきりに観察していた。


「お疲れ様です。何かあったのですか?」

「ユリウス先生、お帰りなさいませ。その……ファビエンヌ様がお作りになったこの魔法薬が気になりましてね」

「なんでも、肌の質を保つことができる魔法薬だとか?」


 やっぱり女性は肌が気になるのか。男連中はそうでもなさそうだが、それでも新しい魔法薬なだけあって、その探究心が刺激されているようである。もちろん俺も探究心が刺激されているし、とても気になる。


「そうなのですよ。お母様とダニエラお義姉様に頼まれておりましてね。ファビエンヌ、見せてもらうよ」


 テーブルの上に置かれた魔法薬をジッと観察する。すぐに『鑑定』スキルによる結果が見えてきた。


 抗老化化粧水:高品質。肌の老化を防ぎ、回復させる。効果(大)。持続時間(半日)。お肌スベスベ。


 さすがはファビエンヌ。俺の要望を完全に満たしている。これなら一日、一回の使用で十分な効果が得られることだろう。念のため、朝晩の二回使用するのは控えるように言っておかないとね。そんなことをしたら、不老になっちゃう。


「あの、どうでしょうか?」

「すごいよ、ファビエンヌ。さすがは俺のお嫁さん」


 ファビエンヌの方を振り向くと、すでにゆでだこのように真っ赤になっていた。かわいいな、俺の嫁。

 そんなファビエンヌをみんなから隠しつつ、どんな魔法薬なのかを説明した。歓喜の声をあげたのはもちろん女性陣だった。


「名前は好きなように変えてもらって構わないからね。今は仮の名前だからさ。ファビエンヌの化粧水とかにしておく?」

「さすがにそれはちょっと恥ずかしいです。抗老化化粧水でよいのではないでしょうか?」


 うーん、アンチエイジングローションだと長すぎるか。ファビエンヌがそう言うのなら、そのままでもいいのかな。何か他にいい案があったら、そのときにまた相談することにしよう。


「あの、ユリウス先生、さっそく使ってみてもいいでしょうか?」

「それは構わないと思いますが……いいよね、ファビエンヌ?」

「もちろんですわ。問題ないことは分かっていますが、私も試しに使ってみますね」

「それなら俺も」

「それでは私も」


 結局、調合室にいた全員が試すことにした。臨床試験を自ら行う俺たちは、魔法薬師のかがみだと思う。そのおかげでファビエンヌが作った化粧水が全部なくなってしまったけどね。


「このまま問題がなければ、明日にでも量産することにしましょう」

「私たちにも教えていただけるのですか?」


 ファビエンヌに視線が集まった。それを見たファビエンヌは当然であるかのようにうなずいた。


「もちろんですわ。たくさんの人に使ってもらいたいですからね」


 さすがは俺の嫁。魔法薬師としての本質をよく理解している。魔法薬はみんなに使ってもらってこそ、価値があるものだからね。

 その後は聖なるしずくの効果がどうだったかの話になった。レイスにもそれなりに効果があったことを話したら、みんなが驚いていた。


「まさかレイスを倒すことができるとは思いませんでした。レイスは銀の剣を使ってもほとんど痛手を与えることができませんからね」

「私もそう聞いてます。魔法による集中砲火で倒すのが一般的だとか」


 そうだったのか。あのときライオネルがあきれたような顔をしていたのは、そのせいでもあったのか。

 レイスにかなりのダメージを与えた時点で、聖なるしずくがすごい魔法薬だということを確信したのだろう。だからこそ、あのまま攻撃を続行したのだ。

 もしも力不足な効果だったら、すぐに下がるように言っていたはずだからね。


「私としては、一撃で倒せなかったのか心残りなんですよね。改良の余地があるのではないかと思います」

「さすがはユリウス先生ですね。これだけの性能を持つ魔法薬でも満足しないとは。だからこそ、さらなる高みを目指すことができるのですね」

「さすがですわ」


 みんなの目がまぶしい。実際はそんな崇高な考えからではなくて、ただ単に魔物との戦いでケガをする人が少なくなればと思っているだけである。

 圧倒的な力でねじ伏せれば、こちらの被害は最小限に収めることができるのだ。


 続きはまた明日にして、今日は解散することにした。このままだと、抗老化化粧水の作り方や、改良版の聖なるしずくの話になっていたことだろう。

 魔法薬のことが好きなのはみんな同じだが、だからと言って一日中、作り続けるのはよくない。何事もメリハリが大事なのだ。


 夕食の時間はもちろんゴースト討伐の話になった。食事中にする話ではないのだが、どうやらアレックスお兄様とダニエラお義姉様が、今日のゴースト討伐のことを気にしていたようである。

 お父様とお母様はライオネルから話を聞いているようだが、俺の口からも聞きたそうにしていた。


 そんなわけで、ファビエンヌとロザリアには悪いなと思いつつも、討伐の話をする。始めはちょっと暗い顔をしていた二人も、俺たちが無事にゴーストたちを倒したことを聞いて、ホッとしたような顔つきになっていた。


「ライオネルからも報告を受けているが、聖なるしずくの効果は問題なかったようだな。これなら銀製の武器を追加購入しなくてもよさそうだ」

「不要な出費が抑えられるのはありがたいわね」


 お父様とお母様がうれしそうに笑っている。もしも銀製の武器を集めることになったら、かなりの出費になっていたようである。銀製の武器の値段を聞くのが怖い。


「もちろん、そのお金は騎士たちの装備に回すつもりだ。心配はしなくていいぞ」

「ありがとうございます。騎士たちにはたくさんお世話になっていますからね。きっと喜んでくれると思います」


 お父様もニッコリだが、俺もニッコリだ。これで俺も騎士たちのために貢献することができたぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る