第651話 あと一歩足りない

 教会跡地の奥にいるレイスは、灰色の布を頭からスッポリとかぶったような姿をしていた。顔の部分は真っ黒で、口のような物だけが白く浮かび上がっている。

 俺たちが来たことがうれしいのか、その口角はキレイに上がっていた。


「レイスって人を食べるの?」

「詳しい生態系は不明ですが、生き物の生命力を吸収して強くなるという学説があるみたいです」

「それじゃ、俺たちはおいしい餌のように見えるわけか」


 あの気持ち悪い笑顔に納得した。仮にここで俺たちが負けてしまったら、きっとこのレイスは人の生命力のおいしさに気がつくことだろう。

 そしてそれを求めて、村や町を襲うようになるはずだ。絶対に負けられないな。


 レイスは俺たちが持つキラキラとした武器が気になるのか、笑顔を浮かべながらも簡単には近づいて来なかった。

 向こうから来てくれたら袋たたきにできたのに。


「ユリウス様、まずは槍で攻撃してみることにしましょう」

「それでは私が」


 槍を持った騎士が少し前に出た。もちろんその槍にも聖なるしずくがコーティングされている。その効果は先ほどまでの戦いで実証済みだ。槍全体に破邪の効果がある。

 騎士とレイスの間に少しの緊張感が生まれた。だが、レイスの顔は相変わらず笑顔だ。まるで自分は倒されないとでも思っているかのようだった。


 そのレイスが不用意に騎士の方へ近づいたところで槍が突き出された。まるで雷のような速さの突きである。俺じゃなきゃ見逃してたね。いや、ライオネルも見えていたか。


「ギ? ギョエエ!」


 槍に刺されたレイスが口元をゆがめて後ろへ下がった。槍が刺さった部分には大きな穴があいていたが、すぐに周囲の布のような物が覆い隠した。

 効いてない……わけではなさそうだ。


「レイスが少し小さくなった?」

「そのようですな。どうやら効果は十分にあったみたいです」

「でも一撃じゃなかったね」

「さすがにそれは……」


 言葉を濁すライオネル。さすがにそれは無理なのでは? と言いたかったのだろう。俺としては安全性のためにも一撃で倒せてほしかった。それが無理でも、かなりの深手を負わせてくれればよかったのに。


 このままだと、黒い巨木のような魔物が現れたら苦戦することになるな。聖なるしずくよりも、もっと強力な魔法薬が必要だ。帰ったら早速、研究に取りかからないといけないな。


 そのあとは騎士たちみんなで取り囲んでレイスをボコボコにして倒した。これでもうこの場所にゴーストが現れることはないだろう。

 ライオネルの話によると、元々、旧開拓村出身のゴーストが数体いたところに、あのレイスが寄ってきたのだろうということだった。


 つまり、旧開拓村出身のゴーストはすでにあのレイスに食されていたということだ。そのレイスも無事に倒したことだし、これで旧開拓村の人たちも成仏することができたと思いたい。


 旧開拓村に戻った俺たちは、そこに簡易の墓標を立ててワインと祈りをささげた。これでもう二度とこの地にゴーストが現れることはないだろう。


「ライオネル、この辺りの魔境ってどうなってるの?」

「現在も調査中ですが、複雑に入り組んでいるようで、全容はつかめておりません」

「それじゃ、この辺りは当分、立ち入り禁止だね」

「開拓村の人たちにも、そう伝えております」


 それなら開拓村の人たちも森を抜けてここまで来ることはないだろう。まずは安心だな。

 荒れ地の魔境にも魔法薬の素材が転がっている。それは主に鉱物系の素材なのだが、ここでならそれが採取できるかもしれない。


「この辺りの調査をするときは俺にも声をかけてよ。魔法薬の素材を採取したいからね」

「善処します」


 そこには”連れて行きたくない”という思いがにじんでいるようだった。やっぱり安全が確保されるまでは無理か。分かっていたけど、一応ね。

 無事に開拓村へと戻ってきた俺たちは、任務が無事に完了したことを村長に報告してから領都へと戻った。


 ハイネ辺境伯家へとたどり着くころには夕暮れに差し掛かっていた。これはファビエンヌをアンベール男爵家まで送るのは無理そうだな。暗くなりすぎている。

 帰りが遅くなった場合は馬車で送るように頼んでいたので問題はないと思うのだが。


「お帰りなさいませ、ユリウス様」

「ファビエンヌ? ただいま」


 屋敷に到着するとファビエンヌが出迎えてくれた。この時間でもまだいるということはもしかして。

 そんなファビエンヌは実にうれしそうな顔をしていた。


「今日はこちらへ泊まることにしましたわ。お父様とお母様にも連絡を入れておりますので心配はありませんよ」

「それなら安心だね。聖なるしずくの効果は問題なかったよ。ただ、レイスを一撃で倒せなかったのが心残りかな」

「レイス?」

「あー、ゴーストの親玉みたいな魔物かな?」


 まずい、余計なことを口走ってしまった。こんな話をしたらファビエンヌが怖がるだけじゃないか。なんとかして気をそらさないと。そうだ。


「ところでファビエンヌ、新しい化粧水の開発はどうなったかな?」

「え? ああ、それでしたら、ぜひユリウス様に見ていただきたい物が出来上がりましたわ」

「おお、それは楽しみだ。討伐の報告はライオネルがするだろうから、今からそれを見せてもらっても構わないかな?」

「もちろんですわ」


 さすがはファビエンヌ。しっかりと仕事をこなしてくれていたようだ。上機嫌になったファビエンヌが俺の腕にしがみつき、グイグイと引っ張り始めた。ナイスおっぱい。

 そのまま二人で調合室へと向かった。

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