第639話 下準備完了

 すぐに熱いお茶が運ばれてきた。口の中をリセットするにはちょうどいい。こんなときにコーヒーがあればよかったんだけど、まだ紅茶しかないんだよね。それでもその紅茶がものすごくおいしかったりするので、今のところ不満はない。


 お茶を飲みながらケーキを堪能するアレックスお兄様とダニエラお義姉様。笑顔で食べているところをみると、気に入ってくれたようである。

 俺も安心してケーキを食べる。さすがは料理長。甘くてとってもおいしい。


「ユリウス、このチョコレートは量産できるのかな?」

「料理長には定期的に作ってもらえるように頼んでありますよ。工程が多いので、少しでも手間を減らすことができるように、専用の魔道具を作る予定です」

「ユリウスお兄様、私も魔道具を作るのを手伝いますわ!」

「キュ!」


 これからもこのケーキが食べられると分かって、ロザリアとミラのテンションが上がった。ケーキはすでになくなっている。それでも文句を言わないところをみると、しっかりと堪能できたようである。


「それなら商会でも販売したいところだね。費用はどのくらいかかりそうなのかな?」

「砂糖を使いますので、それなりの値段になると思います。量産体制が整えば、少しは値段が下がると思いますけどね」

「砂糖か。どこか安く仕入れることができればいいんだけどね」


 考え込むアレックスお兄様。きっと領民たちにも食べてもらいたいんだろうな。まあでも、最初は貴族向けだろうな。社交界でチョコレートが広まれば、その製法が国中に広まって多くの人が手に取ることができるようになるさ。


「とてもおいしかったですわ。これはぜひとも国王陛下と王妃殿下にも食べてもらわなければなりません」


 先ほどからゆっくりと上品に食べていたダニエラお義姉様が、名残惜しそうに皿を見ながらそう言った。どうやらそれだけの価値があるものだったようだ。その声には力強い響きがある。これは本気だな。本気でチョコレートを広めるつもりだ。


「チョコレートは熱に弱い食べ物ですからね。涼しい間に王都へ送れるように準備しておきますよ」

「そうしてもらえると助かるわ。あとは私たちに任せてちょうだい」


 ダニエラお義姉様がそう言ってうなずくと、隣にいるアレックスお兄様も同じようにうなずいた。販売は任せろということだな。ならばお任せしよう。

 その代わり、生産体制は俺たちが引き受けよう。きっと満足してもらえる量産体制を整えてみせるからさ。


 食後のデザートは大盛況だった。チョコレートのおいしさを広めるためにも、近いうちに屋敷で働いているみんなにも試食してもらうことが決定した。

 それなら急いでカカオの実を生産できる状態にしないといけないな。午後からは忙しくなりそうだぞ。




 クローバー畑へやって来た。そこには昨日植えたばかりだというのに、すでにクローバーが繁茂しつつあった。さすがはドンドンノビール二号というべきだろうか。それとも、緑の精霊様のおかげなのかな?

 いずれにせよ、俺にとってはかなり都合のいい状態になっているのは確かだ。


「ずいぶんと増えましたわね」

「そうだね。でも、ドンドンノビール二号を与えた場所だけみたいだよ」

「それなら早く残りの畑にもドンドンノビール二号を与えなければなりませんわね」


 俺たちはまず、手分けして畑にドンドンノビール二号を散布することにした。この生長速度なら、それほど時間もかからずにクローバー畑が完成しそうだな。

 育っているクローバーを確認したが、まだホーリークローバーは生えてきていないようである。


 ゲーム内では確立で生えていたので、今、育っているクローバーがホーリークローバーへと変貌するわけではないはずだ。それならどんどんクローバー畑の手入れをするべきだろう。これは思ったよりも大変そうだな。


 ドンドンノビール二号の散布が終わると、次はみんなでクローバーの挿し木を行う。これで畑のあちこちで効率良くクローバーを増やすことができるはずだ。

 一通りの作業が終わったところで、一度、休憩を入れる。ちょうど三時のおやつくらいの時間帯だ。


「ようやくクローバー畑の手入れが終わったね。明日からはここまで大変なことにはならないと思う。とりあえず、お疲れ様」

「ユリウス様もお疲れ様でした。これで聖なるしずくを作る下準備が整いましたわね。魔法薬を作るのは、本当はとても大変なのですね。いつも素材を用意してもらう立場だったのでこれまで実感があまりありませんでしたわ」


 薬草園から素材を入手するのはそれほど大変じゃないからね。そしてお店で購入するのはもっと簡単だ。

 店で手に入らない素材も、基本的には冒険者たちに頼んで採取してきてもらうからね。ここまで大規模な畑を作ることはあまりないだろう。


「騎士たちに頼んで手伝ってもらってもよかったんだけど、俺たちだけでやった方が特別感があるかなと思ってさ。それに経験を積むことで、何か得るところがあるかもしれないからね」

「確かにそうですわね。挿し木として使えそうなクローバーを選ぶときにじっくりと観察したおかげで、なんだか色んな物が見えてきたような気がしますわ」


 口元に手を当ててファビエンヌがそう言った。どうやらファビエンヌの『鑑定』スキルは、少しずつだが成長しているようである。それならこのクローバー畑を作る作業も無駄ではなかったな。

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