第601話 コックユリウス

 夕食の時間には、料理長がさっそくショウガ焼きを振る舞ってくれた。ハイネ辺境伯家の薬草園でもショウガを育てていたので、どうやらそれを使ってすぐに作ってくれたようである。


 さすがは料理長。俺がレイブン王国でみんなに振る舞ったショウガ焼きよりもおいしくできていた。みんなからの評判もとてもよかった。

 そしてそれに機嫌をよくした料理長が声を少し大きくして言った。


「さすがはユリウス様ですね。ショウガにこのような使い道があったとは思いませんでした」

「そうだな。とてもおいしいし、まるで体が温まるようだよ。そういえばライオネルからの手紙に、ユリウスがこの料理をみんなに振る舞ったと書いてあったのだが、どこでこの料理を知ったのだ?」


 まずい、非常にまずい。この世界に来る前の知識ですよ、とはさすがに口が裂けても言えない。そんなことを言えば、ますます家族から目をつけられてしまうことになるだろう。なんとかごまかさなければ。


「ショウガが滋養強壮によいということは、魔法薬の素材としての知識で知っていましたからね。それを料理に使ってみただけですよ。それにショウガは臭い消しにもなりますからね。肉の臭い消しにはちょうどよいかなと思いまして」


 お父様たちの注目が俺に集まっている。それもそうか。これまで特に料理をしてこなかった人が急に料理に詳しくなったら何事かと思うよね。どうしよう。実はグルメに目覚めたんだ、とか言っちゃう?


「ユリウス様は料理にも深い知識を持っていらっしゃるのですね。ぜひその知識を私たちが作る料理にも反映させたいところです」


 ニコニコの料理長はどうやら俺を料理の世界へ引き込みたいようだな。ドライフルーツとか、ホットクッキーとかを作っているので、もっと関わってもらいたいと思っているのかもしれない。


「魔法薬を作るのも、料理を作るのも、似ているところがあるからね。また何か料理で使えそうなことを思いついたら、すぐに料理長に相談することにするよ」

「それは楽しみです」


 無邪気に喜ぶ料理長。料理長に悪気がないのはよく分かっているつもりなのだが、できれば俺が調理場を訪ねたときにしてほしかった。そうすればこんなに冷や汗をかくことはなかったのに。


「私もユリウスお兄様が作ったショウガ焼きを食べてみたかったなぁ。ファビエンヌお義姉様、ユリウスお兄様が作ったショウガ焼きのお味はどうでしたか?」

「キュ?」


 ロザリアとミラがそろって首をかしげた。見事にシンクロしているな。まるで姉弟のようである。

 ミラは俺がハイネ辺境伯家へ帰ってきてからずっとそばにいる。そして今は、食事中だというのに膝の上から離れない。


 それだけ寂しかったのかな? でも、ロザリアもアレックスお兄様もダニエラお義姉様も、みんな一緒にいたはずなんだけどね。


 もしかして、俺がいなかった分のエネルギーを補充しているのかな? 聖竜に魔力を与える的な記述があったような気がするし、きっとそうだろう。それならそのままにしておくか。ちょっと食べにくいけどね。


「とってもおいしかったですよ。みなさんの評判もよくて、料理を作るのに大忙しでしたわ」

「大忙し……もしかして、ファビエンヌちゃんもお料理を作ったのかしら?」

「はい。ユリウス様に教えてもらって、一緒に作りましたわ。とても簡単な料理でしたので、どなたでも作れるようになると思います」


 フンフンとダニエラお義姉様が眉間にシワを寄せて、真剣な面持ちでうなずいている。もしかして、ダニエラお義姉様も作ってみたいと思っているのかな?

 一国のお姫様がショウガ焼きを作るのはどうかと思うけど、妹分のファビエンヌが料理を作っていることに危機感を覚えたのかもしれない。


「ファビエンヌちゃん、今度、私にもショウガ焼きの作り方を教えてもらえないかしら?」

「もちろんですわ。私よりもユリウス様の方がお詳しいと思いますけどね」

「ファビエンヌお義姉様、私も作ってみたいです!」


 ハイ、ハイ、と手をあげるロザリア。どうやら興味を持ったのはダニエラお義姉様だけではなかったようだ。ついでに俺の膝の上にいるミラも手をあげている。

 キミは無理だからね~? その短い手足じゃどう考えても無理でしょ。


 その心意気は認めるが、みんなの邪魔になるので一緒に見学するだけにしておこうね~。

 その後はショウガ焼きを作る話になり、ついでにクッキーも作る話になっていた。

 もちろん作るのはただのクッキーである。ホットクッキーは魔法薬だからね、一応。


 ショウガ焼きは別の部屋で食事を食べている魔法薬師たちにも振る舞われたそうである。そちらでも大人気だったようで、どうしてレイブン王国でショウガ焼きを作ったときに呼んでくれなかったんだと涙を流していたらしい。ちょっと大げさじゃないですかね?


 楽しい夕食の時間も終わり、あとはお風呂と寝るだけになった。ロザリアがしきりに蓄音機の作り方を教えてほしいとお願いしてきたが、心を鬼にして明日にしてもらった。

 さすがにこの時間からものづくりをするのはまずいだろう。俺が帰ってきたことで風紀が乱れた、なんて言われたら困るからね。


 それにこのあと、お父様から呼び出しがあるかもしれないのだ。そのための時間は確保しておいた方がいいだろう。

 来るのか、呼び出し。来ないのか、呼び出し。どっちなんだい。

 ドキドキしながらサロンで待っていると、使用人がやって来た。


「ユリウス様、旦那様から執務室へ来てほしいとのことづけを承っております」


 呼び出しがきたー!

 使用人にすぐに向かうと告げてから、服装を正す。ファビエンヌも一緒についてくるつもりのようで、俺と同じく服装を正している。


「ファビエンヌ、無理してついてこなくていいからね」

「いいえ、私も一緒に行きますわ」


 フンスと鼻息を荒くするファビエンヌ。どうやら俺を守らねばと思っているようだ。

 ついに俺も守られる立場になったか~。でもやらかしたのは全部俺なんだよね。お父様から小言を言われるのは当然である。



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たくさんの方に手に取っていただけるとうれしいです!

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