第599話 銀の剣

 スペンサー王国で何か異変が起こっているのかもしれないが、ダニエラお義姉様が言うように、被害が最小限なのは間違いないのだろう。そうでなければ、すぐにでもスペンサー王国へ戻ってくるように、ジョバンニ様に話が来ているはずだからね。

 報告書なんて書いている暇はなかったはずだし、ジョバンニ様にもそれなりの情報が伝えられていたはずである。


「浄化の粉を使えばすぐに国土は元に戻りますけど、もしそこに黒い生物が現れていたら、被害が大きくなるかもしれませんね」

「黒い生物?」

「けがれた大地に何匹かいたみたいなんですよ。どれもエルヴィン様が聖剣で倒したみたいですけどね。どうやら魔物でもないようで、けがれをその身に受けて生き残った野生生物じゃないかと考えています」


 ピタリとアレックスお兄様とダニエラお義姉様の動きが止まる。どうやら初めて聞く話だったようである。

 これ以上は話さない方がいいかな? この感じだと、俺が黒い巨木と戦った話も聞いていないみたいだからね。


「まさかそんな生き物がいただなんて。ユリウスたちが向かった場所には危険はないと思っていたけど、そんなことはなかったみたいだね」


 俺に顔を近づけ、声のトーンを落としたアレックスお兄様がそう言った。おそらくロザリアに聞かせないためだろう。ロザリアがこの話を聞いたら怖がるだろうからね。それにそんな場所に俺がいたと知ったら、どんな反応をするのかが予測できない。


 さいわいなことに、先ほどからこの部屋には音楽が流れている。小声くらいなら簡単にかき消されることだろう。

 ロザリアも蓄音機が気に入ったのか、ニコニコしながらミラと一緒にそれを眺めているからね。


 ネロに便箋を持ってきてもらい、アンベール男爵夫妻へ手紙を書く。無事に帰ってきたことの報告と、明日、アンベール男爵家へ行くことを書いた簡単な手紙である。

 アンベール男爵夫妻にファビエンヌを危険な目に遭わせてしまったことを謝罪するべきだろうな。

 しっかりとファビエンヌを守り抜いたけど、それですむ話ではないだろうからね。


 書き終えた手紙を使用人に渡して、アンベール男爵家へ届けてもらうように頼んでいると、お父様とお母様がサロンへとやって来た。どうやらジョバンニ様たちとの話は終わったようである。


「サロンに音楽が……これが蓄音機の性能か。すばらしいな」


 感嘆の声をあげるお父様。どうやら相当気に入ったようである。これはなるべく早くお父様の蓄音機を作った方がよさそうだ。お父様がこんなに音楽好きだとは思わなかった。


「ええ、本当に。それにすばらしい演奏よね。さすがは宮廷音楽家の演奏だわ~」


 うっとりとしているお母様。これは口が裂けても”演奏しているのは俺です”とは言えないな。

 チラリとお父様を見ると苦笑いしていた。どうやらライオネルからの手紙には、だれが演奏をしているのか、しっかりと書かれてあったようである。


 まさかライオネル、俺の演奏を手紙の中で自慢していないよね? これはあとでネロの手帳も調べないといけないな。場合によってはリーリエに話す内容を口止めしなければならない。


 ロザリアとミラにあげた蓄音機に俺とファビエンヌが歌った曲を入れていなくてよかった。このままだと、みんなの前で披露されることになるところだった。さすがにこの場でアニソンが流れるのはまずいだろう。ファビエンヌも恥ずかしがるはずだ。


 あれはファビエンヌの持っている蓄音機にだけ入れてある、思い出の曲だからね。俺たちだけの秘密にしておかないと。あとでファビエンヌから蓄音機を借りて、自分用にコピーさせてもらおう。


 ソファーに腰掛けたお父様とお母様の前にお茶が運ばれてくる。お父様から何が起こっているのかを詳しく聞きたいところだが、ロザリアに分からないようにぼかして聞く必要があるな。


「お父様、ジョバンニ様たちとのお話はどうでしたか?」

「ああ、心配はいらないよ。隣の大陸での話だからね」


 俺の質問の仕方で、お父様は俺が何を聞きたいのかを察してくれたようである。さすがはお父様。話が早い。

 どうやらこの国での話ではなかったみたいである。そりゃ国王陛下も言葉を濁すわけだ。


 つまり現状は、万が一、こちらの大陸にけがれが持ち込まれたことに備えている段階ということか。

 アレックスお兄様とダニエラお義姉様も納得したようで、こちらを見て小さくうなずいた。


 隣の大陸となると、ラザール帝国絡みの話になるのかな。あまり関わりたくない話である。

 ラザール帝国はこっちの大陸に進出したいみたいだけど、隣の大陸では何かとんでもない異変でも起こっているのかな? それでこちらの大陸へ引っ越そうとしているのかもしれない。いずれにせよ、迷惑な話だな。


「お義父様、黒い生物のお話はご存じですか?」

「ああ、もちろんだよ。エルヴィン様が持つ聖剣で倒されたそうだね」


 ダニエラお義姉様の質問に笑顔で応えるお父様。その視線がチラリと一瞬だけ俺の方を向いた。お前もな、とでも言いたそうである。

 これはあとで呼び出されるな。問題はいつ呼び出されるかだな。ファビエンヌがいるときに呼び出されるのか、それともファビエンヌがアンベール男爵家へ帰ってから呼び出されるのか。


 ファビエンヌは一緒に怒られると言ってくれたが、さすがにそれは避けたいところである。俺がやらかしたことには、ファビエンヌはなんの関係もないのだ。たとえそれがファビエンヌを守るためだとしてもである。

 ファビエンヌを守るのは俺の役目だからね。当然の義務である。


「その黒い生物は聖剣以外でも倒せるのでしょうか?」

「銀の剣を使えば攻撃を加えることができるという話だった。それを使えば、聖剣がなくとも倒すことができるだろう」


 銀の剣か。無形型の魔物を倒すときに使われる特殊な剣だな。耐久性が低いので、剣の打ち合いや、魔物の討伐には向いていない。そのため、市場に出回る量も少なく、それなりにレア度が高い武器である。他にも銀の槍や、銀の斧、銀の短剣。銀の矢なんかもある。

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