第582話 進む緑の再生

 元気そうな俺の表情を見て、ソフィア様とエルヴィン様はホッとしたようである。二人の顔が少しだけ緩んだ。しかしそれも、すぐに引き締まった顔つきになった。


「山頂付近にいた”けがれた巨木”を討伐し、同時にけがれた大地も浄化して下さったとみなさんから聞きました。本当にありがとうございます」


 二人が頭を下げた。ここはお礼の言葉をしっかりと受け取っておくべきだろう。それによって”貸し借りはなし”と言うことができる。これならお互いに納得のゆく結果になったはずだ。


「私一人の力ではありませんよ。あの場に森の精霊様がいたからそこ、できたことです」

「森の精霊様にもお礼を言っておりますわ。私たちの浄化に、ほんの少しだけ力を貸しただけだと森の精霊様はおっしゃっていましたけどね」


 顔を上げたソフィア様がいつもの顔に戻っていた。これでもう大丈夫かな?

 現在の状況を聞くと、予定通りに村の近くから浄化作業を行っているようだ。午前中にドンドンノビールの与え方を教えていたので、同時にそれもまいてくれたようである。ありがたい話だ。


「今日はこのまま、夕食の時間まで休んでおいて下さい。けがれた大地の浄化は私たちが責任を持って行いますわ」

「これから汚染がひどい場所に行くときは、俺も一緒に行くよ。今回のようなことは二度と起こさない」


 エルヴィン様が剣の柄の部分をガチンとたたいた。どうやらこんなこともあろうかと、聖剣を持ってきていたようである。それなら早く言って欲しかった。そしたら一緒についてきてもらったのに。


 いや、それは無理だったのか。森の精霊様も、まさかあそこにけがれの集合体がいるとは思っていなかったみたいだからね。知っていたなら、事前に話をしてくれていただろう。それに、そんな危険な場所へ、俺たちを連れて行くようなことはしないはずだ。


 そのことで森の精霊様が落ち込んでいるかもしれないな。夕食の時間になったら森の精霊様と話をして、わだかまりを解消しておこう。

 どうやらソフィア様たちは、今日のところはこのままこの村に泊まることにしたようである。もしかしなくても、俺が原因だろう。あとで村長にも謝っておこう。


 この国のお姫様と、この国を救った英雄が泊まるとなれば、村長も胃が痛いことだろう。それでも名誉なことではあるので、将来的に村の宣伝にはなるかもしれないけどね。だが、それもまだ先の話になるかな。まずは緑の再生が最優先だ。


 夕食の準備ができたようなので、村長宅の食堂へと移動する。田舎の村長宅なだけあって、家の広さは十分である。さすがに調度品まではそろっていないようではあったが。それでもずいぶんと小奇麗にしてあった。


 途中ですれ違った村長におわびすると、胃の辺りを抑えながら”そのようなことはありません”と言っていた。

 まるで説得力がないが、それ以上、話を深掘りするのはやめておいた。その代わりによく効く胃薬を渡しておく。これで村長の胃袋は守られたはずだ。


 食堂に到着すると、すでにみんなそろっているようだった。どうやら俺に気をつかって、最後に呼んでくれたようだ。ちょっと申し訳ない気持ちになりながらも、指定された席へと座る。


「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「私たちも今来たところですから、気にする必要はありませんわよ」

「そうだとも。ユリウスの元気そうな顔を見られて何よりだ」


 その場にはソフィア様たちだけでなく、森の精霊様の姿もあった。森の精霊様って食事をするのかな? ああ、そういえば、ドライフルーツを大量に所望していたな。食いしん坊キャラだったか。


 俺たちが雑談をしている間にも食事が運ばれて来た。近くの山や森は汚染させていて、動物の肉も、野菜もほとんど採れない。そのため、研究者たちがこちらへ持って来ていた食材を使って料理したようだった。主に干し肉や日持ちする根菜類を使った料理である。


「それでは、お食事が冷めてしまう前に食べましょう」


 ソフィア様の声を皮切りにして、みんながそれぞれに感謝の言葉を述べてから食事を始めた。俺も神様に大地の恵みを感謝してから食事を食べる。

 今日の料理は肉じゃがのようなものだった。手間暇をかけてくれているようで、しっかりと素材に味が染み込んでいる。


 歯ごたえがあって、なかなかの食べ応えがするはずだった干し肉も、問題なく食べることができる。しっかりと煮込んだんだろうな。かなりの量の薪を消費したはずだ。


 ちょっと薪の量が気になったが、この調子で緑の再生が進めば、近いうちにまた山で薪が採れるようになるだろう。そしてその頃には野生生物も戻って来ているはずだ。

 山の浄化が進めば、村人たちも戻って来るはずだ。そうなれば、またこの辺りで作物が育てられるようになるだろう。


「黄色イモにしっかりと味が染み込んでいるね。タマネギと肉の塩辛さのバランスもちょうどいい」

「うふふ、そうですわね。ユリウス様はずいぶんとこの料理が気に入ったようですわね」

「そうだね。なんだか懐かしい感じがするよ」

「懐かしいですか?」


 おっといかんな。つい、哀愁に浸ってしまった。向こうにいた頃の料理が恋しいのであれば、自分で作ればいいだけなのだ。それをしなかったのは俺だろう?

 これからは少しずつでも、向こうの料理を作ってみようかな。最近、ショウガ焼きを作ったことだし。カレーとかどうかな? みんな喜びそうなんだけど。

 ファビエンヌに本当のことを言えず、なんとなくごまかした。


「ハイネ辺境伯家にいるときは、こうやってみんなそろって食事をしていたからね。最近はネロとライオネルとも別れて食事をすることが多かったし、久しぶりだなと思ってさ」

「そう言われればそうですわね。なんだかユリウス様がうらやましいですわ。アンベール男爵家では三人でしたもの」

「ふふふ、それなら大丈夫だよ。これからはみんなで大騒ぎしながら食べる機会が増えるだろうからね」


 ファビエンヌと一緒になったら、寂しい思いをさせないようにしないとね。子供もたくさん作って、にぎやかな食事にしよう。ちょっと気が早すぎるかな? だが俺たちの幸せ家族計画はここからスタートするのだ。

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