第575話 過不足なく
ソフィア様とエルヴィン様に連れられてサロンへ向かう。小屋を出るときにクリーンの魔法を使っておいてよかった。もう少しで汚れた姿でこの国のお姫様に会うところだった。
サロンにはすでにお茶が用意されていた。もうすぐ夕食の時間なので、さすがにお菓子はないようである。
「庭師たちが体の中から力が湧いてくるようだと言っておりましたわ。なんでも、ショウガという魔法薬の素材の効果だとか?」
「恐らくそうだと思います。気になるようでしたら、作り方を書いた紙をお渡ししますよ」
「よろしいのですか?」
「もちろんです。ですが……」
それで面倒事がなくなるのなら大歓迎だ。ソフィア様もエルヴィン様も気になっているみたいだし、ここで知らんぷりはできないだろう。
だが、二人にはどうしても言っておきたいことがある。
「私が作り方を教えたということは内緒にしておいて下さい。料理人たちにもプライドがあるでしょうからね。私の発案となれば、反発を招くかもしれません」
「そのようなことはないと思いますが……でも、分かりました。秘密にしておきますわ」
ソフィア様が真剣な面持ちでうなずいた。
これがハイネ辺境伯家の料理人なら何も問題ないんだけどね。ドライフルーツのことやら、素材をもらいに行ったりしたことやらでそれなりに仲良くなっている。ショウガ焼きを勧めても、疑いもなく試してくれるだろう。でもここは他国なんだよなー。
紙にレシピを書いてソフィア様へ渡しておく。これで料理人が作って滋養強壮効果がなければ、俺の持っている『料理』スキルが悪さをしていることが確定する。もしそうなれば、俺が料理を振る舞うのはやめた方がいいだろう。
「ソフィア様、浄化の粉の作成は順調でしょうか? 今日はずっと庭師たちの小屋にこもってドンドンノビールを作っていたので、様子を見に行く時間がなかったのですよ」
「順調のようでしたわよ。魔石の粉も過不足ないようでした」
「魔石の粉をこれ以上増やす必要はなさそうだよ。俺もお役御免になったからね」
両手を上げて、眉を下げるエルヴィン様。どうやら追い出されたようである。それもそうか。聖剣を使って魔石を粉にしていたからね。さすがにその使い方はどうかということになったのだろう。提案しておいてなんだが、俺もそう思う。
でも、聖剣を使った魔石の粉作りはかなり効率がよかったはず。それがお役御免になるということは、その代わりになるような物が見つかったということである。
「もしかして、オリハルコンの砥石が見つかったのですか?」
「さすがはユリウス様。正解だよ。匿名で、かつ、必ず返してもらうという条件で、オリハルコンの砥石を貸してくれた人物がいるんだよ」
「やっぱりそうですか。ありがたいことです。無理だとあきらめていたのですが……とても勇気のある方ですね」
俺の素直な意見に、ソフィア様とエルヴィン様がそろってうなずいた。超レアなアイテムだからね。国に取り上げられてもおかしくはない代物だ。それを貸すだなんて。それだけレイブン王国のことを思っているということなのだろう。俺もお礼を言いたいところである。
「この御恩にはちゃんとお返しをしなくてはなりませんわ。そうでなければ、王家として、恥ずかしい。もちろん、ユリウス様にもですよ」
そう言って俺にニッコリと笑いかけるソフィア様。俺は別にいいんだけどな。国からのお願いとかではなく、家族であるダニエラお義姉様のためにやっているようなものだからね。
「貴族の子弟として当然のことをしているだけです。お礼なら私に協力して下さるみなさんにして欲しいです」
「もちろん、それも忘れておりませんわ」
顔は笑っていたが、その声は決意に満ちたものだった。ソフィア様に任せれば大丈夫そうだな。俺も何かみんなにお礼をしたいところだけど、そこはグッとこらえて、ソフィア様にお願いすることにしよう。
その日はそのまま夕食となり、一日を終えることになった。これ以上、自動魔石粉砕機を作る必要もなさそうだ。あとはロザリアとミラのための蓄音機を作るだけだな。二人に一つでいいよね?
部屋に戻ってからは蓄音機の内部装置だけ作っておいた。
「今日はこれくらいにしておこうかな」
「それがいいですわ。今度の蓄音機はどのような模様にするおつもりなのですか?」
ソファーに座るとファビエンヌがピッタリとくっついてきた。もしかして、寂しい思いをさせちゃったかな? これはまずいとばかりに、ファビエンヌの滑らかな髪をなでる。ついでに頭も。気持ちよさそうにしているところを見ると、これで正解だったようである。
「聖竜のレリーフは入れたいかな。あとはロザリアが大好きなお星様だな」
「お星様……いい考えだと思いますわ。私もあの絵本は大好きですよ」
どうやらファビエンヌも小さいころに、あの絵本にはお世話になったようである。ならばよし。お星様を入れるとしよう。あとはやっぱりお花かな。季節の花をあしらっておこう。
「ライオネルの話だと、明日の午前中から現地へ向かうことになるね」
「それではその前に、苗木の様子を見に行かなくてはなりませんわね」
「そうだね。オリハルコンの砥石も見てみたかったけど、それは帰って来てからにしようかな」
「何か剣でもお作りになるつもりですか?」
ちょこんと首をかしげるファビエンヌ。その目にはなんの疑いの色も見えない。どうやら俺が剣を作るということにまったく疑問を持っていないようである。
いや、あの……俺、ファビエンヌの前で剣を作ったことないよね? というか、この世界に来てから、一度も鍛冶屋としての作業をしてないと思うんだけど。もちろん、聖剣の修復はノーカンですよ? あれはあくまでも修復だからね。
「さすがに剣を作るつもりはないけど、伝説の金属オリハルコンを見たいじゃない?」
「そういうものなのですか?」
「男の子はね、そういうものなんだよ」
納得できなかったのか、さらに首をかしげるファビエンヌ。これはもしかして、俺が剣を作ると思われてる? 困ったなぁ。本当にそんなつもりはないのに。
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