第569話 昼食の約束

 ジョバンニ様や魔法薬師たちに肥料の作り方を説明する。

 原料はすべて既存の肥料だ。魔法薬のように薬草や岩石、金属、魔物の素材などを利用するわけではない。そのため、肥料から作られたものは肥料と言って差し支えないだろう。たぶん。


「なるほど、確かに肥料ですな。実物も見たいところなのですが、構いませんかな?」

「もちろんです。休憩のときにでも庭師の休憩小屋へ来ていただければ、いつでもお見せしますよ」


 どうやらジョバンニ様だけでなく、みんなも納得していただけたようである。そして勘のいいみんなは、俺があえて魔法薬と肥料とで分けたことに気がついていることだろう。なんだかみんなの目の輝きが増しているからね。口を開いたら、”さすがはユリウス様だ”とか言われそうな気がする。


「さすがはユリウス様だ」

「ああ、我々もユリウス様に負けないように魔法薬を作らねばならないな」


 お互いにうなずき合い、それぞれ決意を新たにしている魔法薬師たち。やっぱりこうなったか。これであの巨大化したシダーウッドを見たら、神様でも見るかのような目で俺のことを見るかもしれないな。いや、もうすでになっているのかもしれない。


「ユリウス様、その肥料の名前は決まっているのですか?」

「ええ、もちろんですよ。ドンドンノビールという名前です」

「ドンドンノビール」

「ドンドンノビール」


 なんだろう、調合室が微妙な空気に包まれたぞ。分かりやすくていい名前だと思うんだけど、ダメだった?

 微妙な顔になった魔法薬師たちに見送られて、俺たちは調合室をあとにした。


 とても気になる顔をしていたが、今はそれどころではない。この感じだと、明日には完成した浄化の粉を持って、再び現地へ行くことになるだろう。それまでに、ある程度の量のドンドンノビールを作っておかなくてはならない。


「これでひとまず報告は終わりだね。急いで小屋へ戻ろう」

「そうですわね。明日にはあの山へ向かいそうですものね」


 ファビエンヌも俺と同じ意見のようである。これは頑張らなくては。でもそろそろ休憩を取らないといけないな。小屋に着いたらちょっと一息つくとしよう。みんなに作り方を教えながらでもいいかな? ちょっと行儀が悪いけど、今が踏ん張り時だ。ちょっとくらいは見逃してもらえるだろう。


 小屋に到着すると、そこではすでに庭師たちが待ってくれていた。きっと急いで仕事を終わらせて来たんだろうな。申し訳ないことをしちゃったな。


「遅れてしまって申し訳ありません。さっそく肥料作りを始めましょう」

「ユリウス様、私たちも今集まったばかりですから謝る必要はありませんよ」


 そうなのかな? でも確かに、今も庭師たちが戻って来ているな。それじゃもしかすると、このまま肥料作りを始めると、休憩無しで働き続けることになってしまうのかもしれない。

 ファビエンヌとネロの顔を見る。二人はコクンとうなずいた。


「ユリウス様、少し休憩を入れた方がよろしいのではないですかな?」

「ライオネルもそう思う? それならちょっと一息入れることにしよう。みなさんも一緒にどうですか?」

「ええ、喜んでご一緒させてもらいますわ」


 代表でいつもお世話になってる庭師のお姉さんが答えた。そこからはちょっとしたお茶の時間になった。飲むのはもちろん、庭師たちが休憩中に飲んでいるという、ハーブティーだ。

 そこにクッキーが添えられる。作ったのは庭師のお姉さんのようである。


「このような物がユリウス様のお口に合うかどうか……」

「ありがとうございます。おいしいに決まってますよ」


 そう言って一つクッキーを食べた。素朴な味だが、どこか懐かしい味だった。ファビエンヌも手に取って食べている。ネロもライオネルも満足そうな顔をしていた。

 お昼の食事の話をするなら今がチャンスかもしれない。温かいお茶が出て来たということは、どこかに火を使える場所があるということだ。


「あの、昼食をこちらで食べることはできますか?」

「それは……一応、煮炊きできる場所はありますが、ユリウス様に満足していただけるような昼食は、とてもではないですが用意することができません」


 なるほど。ここにはみんなの食事を用意する料理人はいないということか。そうなると、庭師たちが交代で昼食の準備をしているのかな?

 この感じだと、昼食を頼むのは庭師たちの精神的な負担になりそうだ。それならば。


「それでは場所だけお借りしてもいいですか? 昼食は自分で作りますので」

「え?」

「なんですと? ユリウス様、料理もできるのですか?」


 ファビエンヌとライオネルが目を大きくさせて驚いている。ネロは……興奮気味に何やら手帳に書き込んでいるな。あとで見せてもらわないと。


「別に驚くことはないと思うけど。ほら、ファビエンヌだってホットクッキーを作ってるじゃないか。料理も同じだよ。単に素材が食材になっただけだよ」

「確かに……そうなのかも?」


 首をかしげるファビエンヌ。もうちょっとでごまかせそうだぞ。これで俺が料理を作っても、不信感を抱かれることはないはずだ。

 もちろん俺は魔法薬や魔道具だけでなく、料理も作ることができる。これまではその能力を発揮する機会がなかっただけの話だ。きわめておいてよかった料理スキル。


「えっと、それはもちろん自由に使ってもらって構いませんけど……」


 困惑する庭師のみなさん。もしかして疑われてる? これは庭師たちに余計な心配をさせないためにも、一度俺の作った手料理を食べさせるべきだな。そうすれば、そんな不安は嵐に巻き込まれた花びらのように、簡単に吹き飛ばすことができるだろう。


「ありがとうございます。お礼と言ってはなんですけど、明日はみなさんに昼食をごちそうしますよ。もちろん食材はこちらで準備するので大丈夫です」

「え? は、はぁ……」


 うーん、このみんなの困惑っぷり。逆に燃えてきたぞ。みんなにうまいと言ってもらえる昼食を作ってあげようではないか。おなかをすかせて待っていろ。

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