第554話 城内を散策する

「なるほど、肥料として使うわけですわね。それでしたら、庭師たちと一緒に作ることができるかもしれませんね」

「森の精霊様に協力してもらう案はとてもよいと思いますよ。精霊様が現れれば、きっとみなさんも心強いと思うはずです」


 よしよし、ファビエンヌとネロの感触はよさそうだ。ライオネルもうなずいている。ひとまずこの作戦で問題ないようだ。最初からこうしていればよかった。俺一人の頭で考えるからダメなのだ。みんなで考えれば怖くない。恐れることなど何もないのだ。ワッハッハ。


 明日、庭師たちのところに行ったら、さりげなく肥料の話をしよう。どんな物を使っているのかを聞いて、その中から使えそうな素材をピックアップして新しい魔法薬を作ろう。

 おっと、魔法薬を全面的に押し出さないようにしなければならないな。メインは肥料である。あくまで魔法薬はおまけだ。


 これで明日からの行動目標が定まったな。夕食までには時間があるし、ここからの時間はファビエンヌと一緒にゆっくりと過ごそうと思う。ここのところ、ずっと忙しかったからね。


「ファビエンヌ、一緒に城内を散策しないかい? あ、疲れているなら、そう言ってもらって大丈夫だからね」

「先ほどのお茶会でしっかりと足を休めましたから、問題ありませんわ」

「それじゃ、ちょっと出かけるとしよう。道案内は任せてもいいかな?」


 ネロとライオネルに向き直った。適当にブラブラと歩いてもいいけど、どうせなら何か目新しい場所に行きたいものである。

 ちょっと考えた二人だったが、見て回れそうな場所をすぐに教えてくれた。


 まずはこの城の屋上へ行くことになった。尖塔せんとうにも登ってみたかったのだが、さすがにそれはムリだった。高位貴族向けの牢獄にでもなっているのかな?


「おお、ここからだと、王都が一望できるみたいだね。あ、向こうに大きな時計台がある。気がつかなかったなー」

「高い建物はあの時計台くらいですわね。ここから見下ろす景色はまるで空を飛んでいるかのようですわ」


 目の前を遮るものがないからね。確かにそんな風に見えるな。ネロとライオネルも楽しげにこの景色を眺めていた。

 俺の予想に反して、屋上には何も置かれていなかった。


 てっきり屋上にはテーブル席なんかが設けられて、休憩場所として使われているんだろうなと思っていたのに。この景色を見ながらお茶を飲むのも悪くないと思うんだけど。

 そう思っていると、突如、強い風が吹きつけてきた。


「きゃ!」


 風にあおられてふらついたファビエンヌを慌てて支える。手のひらに柔らかい感触があったが、俺は何も触ってないぞ。ありがとうございます。


「大丈夫?」

「申し訳ありません。まさか急に……」

「この場所に何も置かれていない理由が分かった気がするよ」


 こんな風が吹きつけてきたら、休憩どころじゃないよね。テーブルの上にあったものが大惨事になるのは間違いないな。眺めは最高なのにもったいない。そう思いつつ、屋上をあとにした。


 次に向かったのは図書館だ。他国の者はてっきり許可がないと入れないと思ったのだが、普通に入れた。どうやらこんなこともあろうかと、あらかじめソフィア様が手配をしてくれていたようだ。


 そこには魔法薬師たちの姿もあった。魔法薬師たちもソフィア様から、緑の再生を頼まれているんだろうな。

 この世界の魔法薬師たちは、基本的に人体へ影響を及ぼすものしか作らない。例えば、傷や病を治したり、魔力を回復させたりなどである。


 そのため、植物を育てる魔法薬に関しては未知の領域に違いない。だからこうして図書館で調べているというわけだ。

 ハイネ辺境伯領ではファビエンヌが開発した万能植物栄養剤が広まりつつあるけど、全体としてはまだまだこれからである。


「邪魔しないように、そっと図書館を見学しよう」

「そうですわね。それにしても、こんなにたくさんの本があるのですね」

「さすがは王城の図書館なだけはあるよね。ハイネ辺境伯家にある書庫の何十倍もありそうだ。それが一部の人しか使えないのはもったいない気もするね」

「本は貴重ですもの。なくしてしまったら大変ですわ」


 この世界の本はすべて手書きである。そのため、一冊の本を作るのにはずいぶんと手間がかかるのだ。売れると分かっている本でなければ、まず生産されないだろう。専用の写本業があるくらいだからね。


 本をたくさんの人に読んでもらうためには活版印刷の技術が必要だろう。魔道具でそれを作ることができれば、この世界に革命をもたらすに違いない。今もどこかでそれを開発しているかもしれないな。


 ハイネ辺境伯領へ戻ったら、領都に図書館を建てるように話してみるか? いや、その前に本を生産する魔道具が必要か。当分、おあずけだな。

 図書館の中には禁書を集めて置いてある場所もあった。もちろん入らせてもらえなかった。ちょっと残念。


「見てはならない本、一体何が書かれているのでしょうか」

「うーん、今では異端とされている古い信仰や、使うと危険な魔法とかかな?」


 他にもエッチな本とかも置いてあるのかもしれない。ハイネ辺境伯家の禁書には混じっていたからね。ファビエンヌには言えないけど。というか、そっちの割合がそれなりに多かったぞ。ここには歴代の王様が集めたコレクションが並んでいるのかもしれないな。


 禁書のコーナーをあとにして、ファビエンヌと一緒に気になった本を読んだ。図書館は自由に使っていいみたいなので、ときどきここへ来るようにしようかな。ファビエンヌもたくさんの本に興味津々みたいだったからね。


 ファビエンヌは本を読むのが好きなのかもしれないな。今度、ファビエンヌに本をプレゼントしてあげようかな。

 本を読んでいると、そろそろ夕食の時間になるとネロが告げてきた。あっという間だったな。


 さすがに本を借りることはできなかった。後ろめたそうにするファビエンヌを連れて、俺たちは図書館をあとにした。またファビエンヌと一緒に来よう。

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