第543話 広まるウワサ
俺たちが到着したのを確認してから研究者の一団が出発する。聞いた話によると、到着は明日の午前中になるらしい。どうやら途中の町で一泊するようである。この時間から出発したのは、少しでも早く現地で試験をしたいという意思の表れなのだろう。
ひょっとすると、俺の想像以上に現地の状態は悪いのかもしれないな。なんだか不安になってきたぞ。こんなことなら、先に現場を見てから王都へ行くべきだった。
俺の不安な気持ちが伝わったのか、ファビエンヌも不安そうな表情になっている。もちろん、ネロもライオネルもである。いかんな。
持ってきた蓄音機のスイッチをいれる。馬車の中に軽やかなピアノの調べが流れてきた。これで少しは不安な気持ちが和らいでくれればよいのだが。
俺たち一行は問題なく目的地の町へと到着した。辺境へ向かう道沿いにあるとはいえ、王都からはそれなりに近いのだ。もうちょっと活気があってもよさそうだけど静かだな。
「うーん、いつもこのくらいのにぎわいなのかな?」
「どうなのでしょうか? なんだか暗い顔をしているように思えるのですが……」
「そうだよね。俺もそんな風に見えるよ」
町を歩く人たちの顔に笑みはなかった。悲壮感が漂っているというわけではないが、元気はないな。ファビエンヌの顔がますます心配そうになってしまった。話題の選択を間違ったな。気をつけないと。でも、町の人たちの様子は気になる。
「早くけがれた大地を浄化して、皆さんを安心させてあげなければなりませんね」
「そうだね。今の俺たちにできることは、それくらいしかないからね」
案内されたのは町一番の宿屋だそうだ。確かに背の高い建物で、外装も内装もエレガントな趣がある。だがしかし、その宿に泊まっているのは俺たちくらいのものだった。
この辺りの産業は何だったのかな? 町の衛生環境はそれなりに整っているみたいだし、何もないはずはないんだけど。
宿の人たちにちょっと聞いてみると、どうやらこの辺りは林業と木工細工で栄えていたらしい。王都へ良質な木材や木工品を送ることで経済が成り立っていたのだろう。
でもボーンドラゴンが現れたおかげで、木材を供給していた山が枯れてしまった。そりゃ町の人たちの顔も暗くなるか。
そんなことをつらつらと考えていると、従業員が上目遣いで聞いてきた。
「あの、つかぬことをお尋ねしますが、ボーンドラゴンが住み着いていた山へ向かうおつもりですか?」
「ええ、そうですよ」
「やっぱり……! それでは、何か対策が見つかったということですよね?」
パッと顔をあげた従業員。その目にはすでに光が宿っている。
どうしよう、言っていいのか悪いのかは分からないが、黙っておくわけにはいかなそうだ。
「えっと、まあ、そうですね」
「おおお……!」
目を潤ませた従業員が歓喜の声をあげる。まずい、これはまだ言っちゃダメなやつだった。俺は他国の者だし、勝手なことを口走らずに、一緒に泊まっている研究者たちに投げておくべきだった。
どうしようかと思っていると、別の従業員がやってきた。その後ろには研究者がいる。助かったぞ。
「ユリウス様、どうかなさいましたか?」
「あの、ちょっと……」
「おおおおお! こちらが”神が与えし奇跡の粉”を我らにもたらせて下さったユリウス様ですか!」
「はい?」
思わず声が裏返った。一体、どんな話をしたんだー! なんだかとってもまずい状況になりつつあるような気がする。ここからか? ここからみんなに広がって行くのか? 俺の名前と共に。どうしてこうなるんだ。
いや、まだだ。まだ慌てる時間じゃない。
「あの! そのことはまだ秘密にしていただけるとありがたいのですが……」
「なんと! まだ言ってはならないのですか? 町の人たちが求めていた希望の光だったのですが……」
俺も”なんと!”って言いたい。あからさまにションボリする従業員たち。
希望の光か。確かに今のこの町には必要なのかもしれないな。だが、俺の名前は出したくない。
「それなら、私の名前は伏せておいて下さい。それなら話してもいいですよ」
「分かりました。ユリウス様がそうおっしゃるのであれば、そういたしましょう」
無念そうに目を伏せる従業員。ちょっとかわいそうな気もするが、ここは引いてはならない局面だ。心を鬼にするんだ。
従業員たちが持ち場へ戻って行ったところで、改めて研究者たちに口止めをしておく。やはりレイブン王国を救った者は、レイブン王国の国民じゃなきゃ締まらないよね?
「今後、浄化の粉のことを話すときには私の名前を出さないで下さい。代わりに、共に作った魔法薬師たちの名前を出して下さい」
「しかし……! 分かりました。ユリウス様がそう言うのであれば、そういたしましょう。国王陛下からは”ユリウス様の指示に従うように”と言われておりますからね」
何を言っているんだ国王陛下ー! 現場に俺も行きたいとは言ったけど、現場を支配したいとかは一言も言っていないぞ。国王陛下からすると俺に気をつかったんだと思うけど、ちょっとこれは違うんじゃないかな。
こんなことならジョバンニ様を連れて来ればよかった。そしたら身代わりにできたのに。
なんだかドッと疲れが出てきたぞ。今日は早めに休んで、明日からに備えようと思う。ちょっと町を歩こうかなと思っていたけど取りやめだ。
部屋に戻ると、ゴロンとだらしなくソファーへ横になった。
「ユリウス様、頭をこちらへどうぞ」
「うん?」
ファビエンヌに言われるがままに体を動かすと、頭の下が暖かくて、柔らかくなった。これはあれだ、ファビエンヌの膝枕だ! 上を見ると、ちょっとすごい光景が広がっていた。さすがに見上げるのはよくないと思って横を向く。
「レイブン王国のためによく頑張っておりますわよ。ユリウス様の活躍を聞けば、きっとダニエラお義姉様も喜んで下さいますわ」
「そうだといいけど、また俺が何かやらかしたと思っているんじゃないかな?」
「そうかもしれませんわね。ですが、ユリウス様は悪いことをしているわけではありませんわ」
そう言いながらファビエンヌが俺の頭を優しくなでてくれた。
確かに悪いことはしていないけど、これから先のレイブン王国のことを思うと、ちょっと複雑な気持ちになるな。
どうか俺に依存しすぎることがないようにして欲しい。レイブン王国の陰の支配者とか言われた日には目も当てられないからね。
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