第542話 現地へ向かう
その場にいた全員と握手を交わしたあと、ようやく国王陛下がコホンと
引きつりそうな顔を笑顔にして、俺はよく頑張った。だれか褒めて欲しい。俺、部屋に戻ったらファビエンヌによしよししてもらうんだ。
「皆の者、よく聞いて欲しい。ユリウス様が教えて下さった”神が与えし奇跡の粉”を全力で生産するように。研究者たちはすぐにそれを現地で試してもらいたい。その光景を見れば、国民たちの心も落ち着くことだろう」
国王陛下の声が調合室に響き渡る。
レイブン王国に到着してから、一度も国民の心がぐらついているという話を聞いたことはなかった。だが実際は揺れ動いていたようである。
これまで話さなかったのは、俺たちを不安にさせないためだったのだろう。
そのまま国民たちの不安が募れば、国への反感から暴動などが起こっていたいたのかもしれない。しかしどうやら、その心配は薄らいだようである。
忙しい中、時間を作ってまで国王陛下と王妃殿下がこの場を訪れたのはそういうことだったようだ。
「お任せ下さい、国王陛下。必ずや、やり遂げてみせます」
研究者、魔法薬師たちのレイブン王国を守りたいという気持ちも同じようである。もちろん俺も同じ気持ちである。他国とはいえ、もう片足を突っ込んでいる状態だ。今さら知らん顔はできない。
最後に国王陛下がその場にいた全員と握手を交わしてから、浄化の粉の試験は終わった。
最終的に、浄化の粉は”神が与えし奇跡の粉”と呼ばれるようになっていた。別にいいけど、この場だけにしておいて下さいね?
「ユリウス先生、これで量産することができるようになりましたな」
「そうですね。必要な素材も追加で集める必要がありそうなので、そちらは任せてもいいですか?」
「もちろんです」
薬草類はこれでよし。あとは魔石の粉なのだが……どうしようかと思っていると、エルヴィン様がソフィア様と共にやって来た。
「ユリウス様、神が与えし奇跡の粉を作るのには魔石の粉が必要なだろう? だから手のあいている騎士たちに魔石砕きをさせることに決めたよ。それで作業場を広げたいんだけど、一度、見てもらえないかな?」
国を守る騎士たちにそんなことをさせていいのかと思うのだが、すでに決まったことみたいだし、やるしかなさそうである。そうなると、追加の初級体力回復薬と耳栓が必要になる。大丈夫かな?
魔法薬師たちを浄化の粉を作るチームと、初級体力回復薬を作るチームに分ける必要があるな。
「分かりました。すぐに室内訓練場へ向かいますよ。それと、私も現地での試験に付き添いたいと思うのですが、よろしいですか?」
「それはもちろんですよ。研究者たちも安心すると思います」
これでよし。浄化の粉がちゃんと現地でも機能するのか、確認しておきたかったんだよね。そうでなければ、安心して追加の浄化の粉を作ることができない。
ファビエンヌに尋ねると、どうやら俺と一緒に来るようである。
それならばと、この場はジョバンニ様たちに任せて、俺たちは現場へ向かうことにした。研究者さんたちが出発の準備を整えている間に訓練場へ行くことにしよう。
だがその前に、忘れずにジョバンニ様へチームを二つに分けるように提案しておく。
提案はすぐに受理された。これで安定して初級体力回復薬を提供することができるはずだ。
残す問題は耳栓だな。あのとき大量に作ったので、まだ残っているとは思うけど、ちょっと心配だ。
訓練場に到着すると、ちょうど休憩中のようだった。
「お疲れ様。試験は無事に終了したよ」
「そのようですね。おめでとうございます! 先ほどこちらにも速報が来たのですよ。そのときはみんなで勝ちどきをあげました」
「そ、それはよかった」
勝ちどきをあげるって……いったいキミたちは何と戦っているんだ。防音の魔法を拡張しつつ、人数が増えることを話した。どうやらそれもすでに聞いていたみたいで、混乱はなかった。
そうこうしているうちにエルヴィン様が騎士たちを連れてきた。ちょっと人数が多くないですかね? 若い人からちょっと年を取っている人まで、かなりの年の差があった。
もしかして、見習い騎士や引退目前の騎士たちも集めてきた感じですかね?
「えっと、エルヴィン様、結構な人数ですね?」
「ユリウス様の話をしたら、これだけ志願者が集まったんだ。俺もちょっと驚きだよ」
「ソウデスカ」
どうして俺の名前を出すのか。そこは国としての偉業だと言った方がよかったはずである。だが、どうやら本当の話だったようで、みんなの目はやる気に満ちていた。俺についてのどんな話をしたのかは気になるが、あえて聞かないでおこう。
「場所の拡張は終わっているのですが、全員分の耳栓があるかどうかが心配です」
「なるほど。それなら工房の職人たちに話をつけておくよ。きっとすぐに耳栓を作ってくれるはずさ」
耳栓のない人は工房で耳栓作りを手伝ってもらえばいいかな? さすがに耳栓なしで魔石砕きをやらせるわけにはいかないからね。絶対に耳が悪くなる。
エルヴィン様も俺と同じことを考えたようで、耳栓がない人たちはそろって工房へと向かって行った。
魔石砕き部門はこれでよさそうだな。念のため、『鑑定』スキルで全員の耳の状態を確認する。うん、問題なし。何かあればすぐに中断するようにと口を酸っぱくして言ったあとでその場をあとにした。
部屋に戻り、現地へ行く準備をしていると、研究者から出発の準備ができたとの知らせがきた。王城の門の前に向かうと、そこにはすでにハイネ辺境伯家の馬車が用意されていた。ライオネルが準備してくれていたようだ。さすがはライオネル。頼りになる。
「助かったよ、ライオネル。自分たちの馬車のことをすっかりと忘れていた」
「何も問題はありませんよ。ユリウス様はあちらこちらへと、お忙しいですからな」
「確かにそうかもしれないな」
今日は朝から調合室へ行ったり、訓練場へ行ったり、みんなの状態を確認したりと忙しかった。昨日は演奏会もやったしね。そろそろ休んでもいいかもしれない。明日からはゆっくりできるといいな。
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