第535話 まるでエールのような

 夕食の時間まではもう少し時間がある。どうやらそのまま、魔石砕きを続けるつもりのようだ。

 自分の耳にピッタリと合った耳栓を手に入れた護衛たちが、今度はファビエンヌたちが作った初級体力回復薬を手に取った。


 その魔法薬には見覚えがあったらしく、すでに顔が笑顔である。王都から去るときに、ジョバンニ様たちに作り方を教えておいてよかった。おそらく王城にも常備されているのだろう。


 ポン! と軽快な音を奏でながらビンのフタが開く。それを腰に手を当てて、一気にあおる護衛たち。そんな飲み方、一体だれに教わったんだ。本能か? 本能なのか?


「く~! 元気ハツラツ!」

「みなぎってきた~!」


 室内訓練場の一角がにわかに騒がしくなった。そしてなんだなんだと再び集まって来るレイブン王国の騎士たち。あなたたちは去りなさい。そして自分の任務をまっとうするのです。

 そんな俺の思いもむなしく、ジワジワと距離を詰めてくる騎士たち。そして恐る恐る俺に尋ねた。


「あのう、ユリウス様、あの魔法薬は一体なんでしょうか? なんだかみなさんの顔がすごく明るくなっているみたいなのですが」

「あれは初級体力回復薬という魔法薬ですよ。失われた体力と元気を少しだけ取り戻す魔法薬です」

「……少しだけ?」


 怪訝けげんそうな顔をした騎士たちがハイテンションになった護衛たちを見ている。

 そうだよね。おかしいよね。俺もそう思う。もしかして改良してる? いや、そんなことはなさそうだ。どうやら元々の性能のようである。もっと薄めるべきだったか。


 どうしようかな。様子をうかがいに来た騎士は五人くらいだし、早いところ持ち場へ戻ってもらうためにも飲ませておくか? エルヴィン様が戻ってくるまでにはこの場をなんとかしておきたいし、そうしよう。


「試しに飲んでみますか?」

「ぜひ、お願いしたいです」


 懇願する騎士たち。実はすでにかなり疲れていたりするのかな?

 念のためファビエンヌに視線を送る。うなずいてくれた。オッケーということだろう。木箱の中から魔法薬を取り出して渡す。その前に、他の騎士たちにはこの魔法薬のことを内緒にしておくように言っておいた。


 この魔法薬は魔石を粉にするという重労働を強いられている護衛たちのために作ったものだからね。みんなに配るわけにはいかないのだ。

 納得してもらったところで騎士たちが静かにフタを開けた。もちろんポンとは鳴らない。そしてそのまま静かにシュワシュワと音をたてている魔法薬を飲んだ。


「こののど越し、まるでエールのようですね。ん?」

「確かに似ていますね。こ、これは!」

「なんだ、なんだこの体から湧き起こる不思議な力は! フ……」

「叫ばないで下さいね」

「……はい」


 不思議な力を抑えきれないのか、ワナワナしている騎士たち。これ、ヤベー薬じゃん。全然大丈夫じゃなかったよ。いや、違うか。疲れている人ほど、効果が高く出る魔法薬だったな。それだけ騎士たちが疲れていたということか。


「ありがとうございます、ユリウス様。こんなにスッキリした気分になったのは久しぶりです」

「私もです。頭の中のモヤが一気に晴れました。私は一体、何をウジウジと考えていたのか。やるべきことをひたすらやる。ただ、それだけです」


 ワナワナ感が収まったのか、スッキリと晴れやかな顔になる騎士たち。まるで悟りでも開いたかのようである。まさか初級体力回復薬で悟りを開けるとは思わなかった。

 引きつりそうになる顔を無理やり笑顔にして、騎士たちに言った。


「それではみなさんも自分の仕事に戻って下さい」

「はい。失礼します」


 敬礼して騎士たちが去って行った。もう来ないよね? 信じているからね?

 その後は夕食の時間まで、護衛たちと一緒に魔石砕きを行った。この作業、思った以上に大変だ。交代制にした方がいいかもしれない。




 夕食の時間になった。さすがに粉まみれのこの服装で行くわけにはいかない。部屋で着替えてからダイニングルームへと向かった。もちろんその場所は王族のプライベートスペースにあるダイニングルームである。


「き、緊張して来ましたわ」

「大丈夫だよ、ファビエンヌ。ファビエンヌはいつもかわいいからね」

「もう、ユリウス様ったら。それ、関係ありませんわよね?」


 ファビエンヌの表情が和らいだ。これで少しは気が楽になってくれるといいんだけど。そして、”また冗談を言って”みたいな顔をしているけど、本気だからね。どうも最近、うまく伝わっていないような気がする。


 ダイニングルームにはすでにソフィア様とエルヴィン様が到着していた。二人の話によると、国王陛下と王妃殿下は所用で一緒に食べられないとのことである。


 ちょっとホッとする俺。本当はこんな感情を持つのはよくないんだろうけどね。ファビエンヌもどこか安心したような顔をしてる。もしかすると、国王陛下と王妃殿下は俺たちに気をつかったのかもしれないな。


 俺たちが座ると、すぐに食事が運ばれて来た。なお、ネロとライオネルは別の場所で食事を食べている。そっちはお城で働いている人たちが使う食堂みたいなので、気兼ねなく食事をしていることだろう。

 俺も行ってみたい気もするけど、それをすると二人がゆっくりと食べられないか。


「ユリウス様に頼まれていた魔道具の素材を、お部屋へ運ぶように頼んでおきましたわ。部屋に戻るころには届いていると思います。足らない物があれば、遠慮なく言って下さい」

「ありがとうございます。そうさせていただきますね」


 部屋に戻ったらお風呂と、王妃殿下用の蓄音機作成だな。なんとか今日中に仕上げたいところだ。明日は浄化の粉の試験をしなければならないからね。この魔法薬にレイブン王国の未来がかかっているかもしれないのだ。頑張らないと。

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