第534話 どうしてここに

 みんなの耳にピッタリフィットする耳栓を作るべく、可能な限り色んなサイズを準備する。サイズが合わないと、耳がすぐに痛くなっちゃうからね。少しでもよい物を届けてあげたい。


 その気持ちは他の職人たちにも伝わったようである。なんなら研究者さんたちにも。今では研究者さんたちも一緒に耳栓を作っている。もちろんネロもである。意外に手先が器用だな。


「これだけあれば十分だと思います。手伝っていただき、ありがとうございます。魔石を粉にしているみんなにも、みなさんのことは話しておきますよ」

「ユリウス様、お礼などいりませんよ! ユリウス様がこの国へ来て下さったおかげで希望の光が見え始めたのです。我々にできることがあれば、なんでも言って下さい」


 工房にいるみんながうなずいている。うれしいな。こんなに同志がいるなんて。

 その後は休憩もかねて、聖剣と伝説の鎧、それからボーンドラゴンの話になった。エルヴィン様からも一通り話を聞いていたが、別角度から聞くと、また違った見方があるようだ。


 特に今回は鎧の話がすごかった。エルヴィン様のときは聖剣とボーンドラゴンの話がメインだったな。さすがは男の子と言ったところか。

 対して職人と研究者は突如現れた不思議な鎧が気になったようである。こっちは未知への探求か。人それぞれだな。


 まだまだ話を聞きたかったが、俺には耳栓を届けるという任務が待っている。後ろ髪を引かれる思いで工房をあとにした。


「戻って耳栓をみんなに届けよう」

「きっと喜んでくれますよ」


 窓の外ではだんだんと夕暮れに近づいているようだ。急いで届けなきゃ。走らないギリギリの速度で廊下を進む。

 室内訓練場へ近づいたが、大きな音は外へは響いていないみたいだな。防音の魔法のおかげである。


「よかった。近所迷惑にはなっていないみたいだね。ん? なんだ、あの人だかりは……」

「なんでしょうか?」


 訓練場の一角に人だかりがある。あの場所は確か、魔石砕きをやっている場所だと思うのだが……何かありましたかね? レイブン王国の騎士たちには、”見学するだけ”だと言い聞かせてあったと思うんだけど。


「あの、何かありましたか?」

「ユリウス様、戻っていらっしゃったのですね。それが、その……」


 レイブン王国の騎士が気まずそうに俺から目をそらし、その現場の方に視線を送った。

 エルヴィン様だ。エルヴィン様が魔石砕きを手伝っていらっしゃる! どうして……。騎士たちがまだここにいるのは、エルヴィン様を止めたくても止められないからなのだろう。それならソフィア様を呼んでくればよかったのに。


「エルヴィン様、どうして魔石砕きをしているのですか!」


 俺が乱入すると、みんなが魔石砕きを一時中断した。すごい音がしてたな。こりゃ耳が壊れるぞ。そして予想よりも多く、魔石の粉が出来上がっているようである。これなら明日にでもけがれた大地の浄化試験ができそうだぞ。


「ユリウス様! 大丈夫ですよ。ソフィア様からはちゃんと許可を取ってありますから」

「そ、そうですか」


 どうやらソフィア様ではストッパーにならなかったようである。それならレイブン王国の国王陛下に頼むしか……いや、なんかそれでも無理そうな気がする。

 それなら逆に考えるんだ。エルヴィン様をうまく使う方法はないかと考えるんだ。

 そうだ!


「手伝ってくれてありがとうございます。エルヴィン様のおかげで魔石の粉作りがはかどりそうです。それで、一つ提案があるのですが……」

「ん? 何かな」


 ちょっと首をかしげるエルヴィン様。そして俺が何を言うのかを察したネロが顔を引きつらせた。

 いいんだよ、ネロ。使える物は、使えるときに使っておけ。そうでないと宝の持ち腐れになるぞ。


「聖剣を使って魔石を粉にすることはできませんかね? ほら、剣の刃の部分でガリガリすれば……」

「なるほど! それはいい考えだ。それなら作業効率もよくなるはずだぞ」


 合点がいったようである。即座に行動を開始するエルヴィン様。サッと道をあける騎士たち。

 だれも止めないのか。てっきり、”聖剣をそんなことに使うなんて”とか言われるかと思ったのに。

 去りゆくエルヴィン様を見送り、騎士たちに解散宣言を出す。


「エルヴィン様も行きましたので、みなさんも持ち場に戻って下さいねー。ほら早く」


 エルヴィン様が戻って来る前に戻ってもらわなければ。そうでなくても、かなりの時間をロスしているはずなのだ。俺がレイブン王国に来たから、本来の仕事が滞ったとか、言われたくないからね。


 渋々、といった表情で散っていく騎士たち。そんなに魔石砕きがやりたかったのか。俺からすると、絶対に楽しい作業ではないと思うんだけど。


「はぁ。やれやれだな。遅れてすいません。工房の職人たち、研究者たちと一緒に耳栓を作ってきました。色んな大きさを用意しているので、自分の耳にピッタリと合う耳栓を見つけて下さい。そのまま持って帰ってもらって構いませんよ」

「よろしいのですか? それでは遠慮なく」


 みんながそう返事をすると、あれでもない、これでもないと耳栓を探し始めた。こうやって遠慮なくもらってもらえるとうれしい限りである。遠慮されるのが一番困る。

 ……なるほど、俺もなるべく遠慮しないようにした方がいいな。その方が印象がいい。


「ユリウス様、もう耳栓を作ってきたのですね。それもこんなに……」


 ちょうどよいタイミングでファビエンヌとライオネルも戻って来たようである。ライオネルはカチャカチャと軽やかな音がする木箱を抱えていた。きっとあの中には初級体力回復薬が満載されているんだろうな。


「お帰り、ファビエンヌ。ファビエンヌもたくさん初級体力回復薬を作って来てくれたんだね。ありがとう」

「私だけじゃなく、王宮魔法薬師のみなさんも手伝って下さいましたわ」

「あとでみんなにお礼を言っておかないといけないね」


 これで二十四時間は戦えなくても、暗い顔をせずに労働に励めるはずだ。少しはホワイトな職場に近づいたかな? それとも、ますますブラックな職場になってしまったのだろうか。


「あの耳栓は俺だけじゃなくて、工房の人たちも作るのを手伝ってくれたんだよ。ファビエンヌも耳栓が欲しいならどうぞ。たくさんあるからさ。ネロもライオネルも遠慮なくもらってよ」

「それでは遠慮なくいただきますわ」

「私も一ついただきます」

「見慣れない形をしておりますな。それでは私も一つ」


 なんだか楽しそうな感じになって来たぞ。俺も一つもらおうかな?

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