第527話 意味深な笑顔

 ソフィア様とエルヴィン様とお茶の時間を楽しんだあとで部屋に戻る。二人とも素材採取をしたのは初めてだったようで、思ったよりも難しかったと眉を曲げてそう言っていた。


 初心者には難しいかもしれないね。特に薬草はそれとよく似た雑草が何種類かあるからね。これも薬草の生き残り戦術の一つなのだろう。薬草を隠すには雑草の中である。

 そして俺たちと同じように、毒消草はいくつか見つかったものの、魔力草は見つからなかったようである。


 分かってはいたけど、森の奥地まで踏み込まないと魔力草を手に入れるのは難しいようである。明日は少数精鋭で森の奥まで行ってみようかな? エルヴィン様が難色を示すかもしれないけど。


 そのときはさすがにファビエンヌはお留守番だな。その間はライオネルにしっかりと守ってもらうとしよう。


 夕食までにはまだ時間がありそうだったので、次は蓄音機を作ることにした。こちらはソフィア様とジョバンニ様の二つでいいかな? これも作るのは二度目なので、簡単に作ることができるだろう。


 問題は録音だな。この街にいる楽団を呼んでもらうのが一番なのだが、さすがにすぐには無理だよね。その辺りはどうするのか。まあ、そこはソフィア様たちがなんとかしてくれることだろう。俗に言う丸投げである。


 部屋に戻るとすぐに蓄音機作りを始めた。素材はそろっているので、作るのには問題ない。問題ないが、初期型と同じにすると、質素な魔道具になっちゃうんだよね。とてもではないが、王女様に進呈するものではない。困ったな。

 ジョバンニ様が国王陛下へ見せる蓄音機にしても、見栄えはそれなりに必要だろう。


「ファビエンヌ、少しくらいは装飾を施した方がいいよね?」

「そうかもしれませんわね。最終的には王族の方が手に取ることになるのでしょう?」

「やっぱりそうなるのかな? ジョバンニ様が手放すかどうかは分からないけどね」


 ジョバンニ様のことだ。なんだか手放さないような気がする。絶対に家に飾って、俺からもらったものだとあがたてまつりそうな気がする。

 国王陛下に自慢するだけ自慢するとか、なかなかできることではないが、ジョバンニ様ならやりかねない。


「それならば、国王陛下へ献上する物も含めて、三つ作った方がよろしいのでは?」

「……そうだね。ジョバンニ様の立場を悪くするわけにはいかないからね。ジョバンニ様の物は俺たちと同じ形にしておこう。俺とおそろいだと言えば、きっと喜んでくれるはずだ」


 そう断言した俺の顔を、ファビエンヌとネロが口を一文字に結んで見ていた。まあ、そんな顔になるよね。ジョバンニ様の俺に対する信仰度の高さがうかがえるな。

 まずは同じ形の蓄音機を三つ作った。そのあとに、それぞれの外側を板金加工で立体的に仕上げていく。


 ソフィア様に差し上げる蓄音機の外装はバラと聖剣をあしらったものにした。個人的にはバラの部分がよくできていると思う。ファビエンヌも褒めてくれたので、俺たちが使っている蓄音機の外装もバラをあしらっておいた。めっちゃ気に入ってくれた。


 国王陛下へ献上するものにはスペンサー王国の国旗と国花を入れて、スペンサーの文字をアナグラムのようにちりばめておく。これなら王家専用感があってよいのではなかろうか? 盗まれてもすぐにだれのものなのか分かるぞ。


「これでよし。あとは録音する曲をどうするかだな。楽団を呼びたいところだけど……」

「ユリウス様は本当にすごいですわね。夕食ができる前に魔道具を作り終えるだなんて、信じられません。でも、実物がここにあるのですよね」

「は、初めて作ったわけじゃないからね。一度でも作ったことがあれば、こんなもんだよ」


 笑顔のファビエンヌとネロ。何その意味深な笑顔。ちょっと怖いんですけど。もしかして、人間じゃないとか思われてる? そ、そんなことないんだからね。

 いやそれよりも、音楽をどうしよう。何か録音しないことには、実演することができないんだよね。


「さすがに今から楽団を呼ぶのは難しいと思いますわ。ユリウス様がピアノを演奏するのではダメなのですか?」

「俺が? うーん、音楽家じゃない俺が演奏した曲なんて、だれも喜ばないんじゃないかな。ジョバンニ様以外」


 笑顔のファビエンヌとネロ。何その意味深な笑顔。ちょっと怖いんですけど。もしかして、あきれられてる? 言いたいことがあるならハッキリと言ってよね。怒らないから。


「ユリウス様のピアノの演奏は音楽家並み、いや、音楽家を越えてると言っても過言ではないですよ。みんな喜ぶと思います」

「過言だと思うぞ、ネロ。俺がピアノを演奏曲したことは、くれぐれも、だれにも言わないように。ファビエンヌもね」

「え? うーん」


 渋るファビエンヌ。こんな顔をしたファビエンヌは初めてだ。そんなに俺の演奏が気に入ったのかい、どうなんだい? 上げててよかった演奏スキル。

 二人がそこまで言うのなら演奏してあげようではないか。蓄音機の実演をするのにはちょうどいいのは確かだからね。


 そんなわけで、夕食の時間が来るまでの間、俺は部屋にあるピアノで色んな曲を演奏することにした。どの曲も二人が喜んでくれたので、そのまま実演で使っても問題ないだろう。


 夕食の時間がやって来た。俺たちはほくほく顔で蓄音機を持ってダイニングルームへと向かった。忙しそうに料理人たちが食器などを配置している。料理が運ばれてくるまでにはまだ時間がありそうだな。

 ソフィア様とエルヴィン様がすでに到着していたので、先に蓄音機を渡すことにした。


「ソフィア様、蓄音機が完成したので持って来ましたよ。こちらをどうぞ」


 三つとも違う作りをしているので間違えることはない。ソフィア様専用の蓄音機を渡した。いつの間にか俺の隣にやって来ていたライオネルが驚きの目でそれを見ていた。そして壁際の棚へ置いた二つの蓄音機を見て、さらに驚いていた。


「ユリウス様、いつの間に……三つも作る時間なんてありましたっけ?」

「それがあるんだよ、ライオネルくん」


 コソコソとライオネルと話す。あれ? ソフィア様とエルヴィン様の反応がないな。もしかして、気に入らなかったのかな? グイとファビエンヌに袖を引っ張られた。ファビエンヌがソフィア様たちへ目線を送る。


 ……二人とも蓄音機を凝視して固まっているな。そんなに驚くことはないと思うんだけど。そう思ってるのはもしかして俺だけなのかな。

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