第517話 ジョバンニ、襲来
翌日、ロザリアがほぼ完成させたドライヤーの魔道具を試運転していると、王都からの馬車が到着したと連絡があった。計画によると、明日の朝からレイブン王国へ向けて出発することになっている。それまでにファビエンヌを迎えに行かなければならないな。
「ロザリア、乾風器は問題ないみたいだよ。あとはみんなに使ってもらってから、改良するといいんじゃないかな?」
ドライヤーは乾風器という名称にした。さすがにドライヤーでは意味が通じないからね。それに、もし俺以外にこの世界に来ている人がいたら、俺が別世界から来ていることが発覚してしまう。そうなると、何か弱みを握られてしまうことになりかねない。
「分かりましたわ。お母様や、ダニエラお義姉様にお願いしてみますわ」
「それがいい。きっと喜んでくれるはずだよ」
そう言って頭をなでてあげると、とても喜んでくれた。この兄妹のスキンシップがいつまで許されるだろうか。ロザリアに嫌そうな顔をされたら、ショックで立ち直れなくなるかもしれない。
工作室を出ると馬車の手配を頼む。ミラの背中に乗って行くのもいいが、昼間だと結構目立つんだよね。領民はすでに知っているけど、それでもウワサにはなる。最近は他の領地から来る人も増えているみたいだからね。念のため気をつけておいた方がいいだろう。
サロンで馬車の準備を待っていると、お父様が一人の男性を連れて来た。その姿には見覚えがある。そう、王宮魔法薬師の一番偉い人、ジョバンニ・マドラス様だ。なんでここに……部下だけに行かせるのが普通じゃないんですかね?
「おおおおお……ユリウス先生、お久しぶりでございます」
「ドウシテ……」
目を潤ませて抱きついてくるジョバンニ様。どうしてこうなった。ジョバンニ様を連れて来たお父様を見よ。完全に絶句しているではないか。ジョバンニ様が何か言っているけど、ぜんぜん頭に入って来ない。
そうこうしているうちに、ハイネ商会を手伝ってくれている王宮魔法薬師たちもやって来た。
「ジョバンニ様がいらっしゃったとか!」
「おお、お前たち、元気そうで何よりだ。手紙はちゃんと受け取っておるよ。とても重宝している。それに……何やら楽しそうだな?」
「う……」
うめき声を漏らして目をそらす三人。好き勝手に楽しくやってるもんね。そりゃ手紙に書く文章も楽しくなるか。今度は四人で話し始めたので、そちらはそのまま放置してお父様のところへと行く。
「これからファビエンヌを迎えに行って来ます」
「そうか。気をつけてな。それで、この場はどうすれば……」
「放っておいていいと思いますよ? ひとしきり話し終えたら、調合室や薬草園を見て回ることでしょうからね」
「それもそうだな」
この国に所属する王宮魔法薬師たちをぞんざいに扱う我らハイネ辺境伯親子。他の人が見れば顔を青ざめるかもしれないが、これでいいのだ。彼らにつき合っていたら、時間がなくなってしまう。何せ、魔法薬にかける情熱が熱すぎるからね。話し出したら止まらないのだ。
一足先に玄関へ向かうと、ちょうど馬車が来たところだった。俺がどこかへ行くのを察したのだろう。ミラが飛んで来た。
「キュ!」
「今からファビエンヌのところへ行くんだけど、ミラも一緒に行く?」
「キュ!」
「よし、それなら一緒に行こう」
馬車の中なら大丈夫。一応、カーテンは閉めておこうかな? 使用人に出かけることを告げて、ミラとネロと一緒にアンベール男爵家へと向かった。
「急に行ったら驚くかな?」
「大丈夫ですよ。今日、明日には王都からの馬車が来ることは知っているはずですからね。おそらく、いつ来てもいいように準備していると思いますよ」
「それもそうだね。アンベール男爵のことだから、手抜かりはないよね」
揺れの少ない馬車が石畳の道を進んで行く。板バネつきの馬車はさらに改良されて、売り出されることになるそうだ。アレックスお兄様が手がけた自慢の馬車なので、多くの人に乗ってもらえるとうれしいな。
アンベール男爵家に到着すると、すぐにアンベール男爵家一家が出迎えてくれた。先触れを出す暇がなかったことをおわびすると笑って許してくれた。
「そろそろ来る頃だと思っておりましたよ。ファビエンヌもなんだがソワソワしておりましたからね」
そう言ってアンベール男爵がファビエンヌを見ると、ファビエンヌは耳を赤くしてうつむいた。どうやら俺が来るのを心待ちにしていてくれたようだ。うれしい。そんなファビエンヌを連れて屋敷の中に入る。
応接室に到着すると、これからのレイブン王国での計画を話した。まだ不透明なところは多々あるが、大体の予定を話しておけば、ご両親も安心してくれることだろう。
「レイブン王国へは一ヶ月滞在する予定ですか。なるほど。その間に、汚染された大地の復興にめどを立てたいというわけですな」
「ええ、その通りです。恐れながら、今回は王宮魔法薬師の長であるジョバンニ様も同行されますので、汚染処理に必要な魔法薬も速やかに開発されるのではないでしょうか?」
「おお、それはすごいことですな。それだけスペンサー王国としても、レイブン王国の復興に力を入れているということですな」
何度もうなずきながら感心するアンベール男爵。だが内情はジョバンニ様のわがままが原因のような気がする。国の威信をかけて、ではなく、”これ以上、自分だけのけ者にされてなるものか”の意味合いの方が強いと思っている。
俺が苦笑いしているのに気がついたのか、ファビエンヌがちょっと首をかしげていた。大丈夫。レイブン王国へ到着すればすぐに理解してもらえると思うよ。
改めてアンベール男爵からファビエンヌのことを頼まれ、それを二つ返事で引き受けた。
ファビエンヌは絶対に守る。それこそ、どんな手を使ってでもだ。まあ、元凶のボーンドラゴンはもういないし、危険な場面はないだろう。それにボーンドラゴンが一体や二体現れたところで、俺の敵ではないからね。浄化魔法で天に返して終わりである。
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