第516話 ドタバタ
翌日からさっそく庭師たちと魔導師たちへの指導を始めた。もうあまり時間がない。おそらく、明日か、あさってには王都からの馬車が到着するはずだ。それまでになんとしてでも伝授しておかなければ。
「忙しいのに集まってくれてありがとう。ちょっと急ぎ足になるけど、しっかり技術と魔法を習得して欲しい」
「よろしくお願いします!」
今では庭師たちとも、魔導師たちとも仲良しになっている。集まってくれたみんなの顔は明るい。それだけ俺も信頼されているということなのだろう。
これまで色々と指導してきたこともあり、すぐに
「この畝というものはすばらしいですな。よく考えておられる。さすがはユリウス様だ。水はけが悪い土地ではうまく作物が育たないものだと思い込んでおりました。しかし、この技を使えば、立派に育てることができそうです。ああ、私も魔法が使えれば……」
「そうだね。魔法が使えれば簡単に畝を作ることができるからね。でも、魔法を使える人たちは少ない。だからこそ、だれでも使える技術を伝えることに価値があると思っているよ」
「なるほど、確かにそうかもしれませんな」
庭師のおじいちゃんがそう言って笑う。シワだらけの顔がますますしわくちゃになっている。その目はなんだか孫でも見るかのようである。ちょっとむずがゆいかな。
魔導師たちは庭に穴を掘ったり、埋めたりを繰り返している。その速度はだんだんと速くなっているので、習熟するのも時間の問題だろう。魔法で畝を作る方法も教えているので、水路や井戸を堀に行くついでに技術も伝えてくれるだろう。
庭で指導を続けていると、アレックスお兄様とダニエラお義姉様がやって来た。なんだか急いでいる様子である。もしかして、もう王都からの馬車が来たのかな? さすがである。
「ユリウス、この報告書を作ったのがユリウスだって、お父様から聞いたのだけど?」
「すごいわ、この報告書。書き方を工夫しただけでこんなにも読みやすくなるとは思わなかったわ」
違った。昨日のお父様に渡した報告書についての話だった。きっと俺がみんなに指導している間に、二人にお父様から話があったんだろうな。どうやらお父様は本気で俺が書いた報告書の様式を広めるつもりのようである。
「あの、報告書のお話は初めて聞いたのですが……私たちにも詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ぜひともみんなにも見てもらいたい。きっと目が飛び出るよ」
「ええ、ええ、間違いありませんわ」
目が飛び出るって……あまりアレックスお兄様が口に出して言わなそうなセリフである。ダニエラお義姉様も目を輝かせてうなずいているし、どうやら本気でそう思っているようである。なんだか恥ずかしくなってきたぞ。
指導も一通り終わっていたので、そのまま庭にある
「これは! これをユリウス様が? さすがはユリウス様です」
「ほほう、これはとても分かりやすいですな。学がない私でも理解することができますぞ。このような書き方をすれば、弟子たちにも紙で技術を伝承することができるかもしれません」
「それはいい考えだね。間に絵なんかを入れるのもいいよ」
そう言って、アレックスお兄様が持っている報告書を何枚かめくる。そこには俺が書いた図面や、井戸の断面図、バンブー材を使った遊び道具の絵が描いてあった。
それを興味深そうに庭師のおじいちゃんたちが見ている。どの顔もうれしそうである。
「孫に絵を描いてもらうのもいいかもしれませんな」
「それはいい。思い出にもなるし、代々伝わる書物にすることもできるな」
盛り上がるおじいちゃんたち。そしてそのアイデアをよしと思ったのか、アレックスお兄様やネロが手帳に何やら書き込んでいる。ダニエラお義姉様は俺が描いた絵が気に入ったようで、何度も褒めてくれた。
魔導師たちは井戸の断面図や、街へ通じる水路の図面をしきりに観察していた。
どうせ報告書を書くならとちょっと調子に乗って色々と付け加えてしまったが、結果としてよい方向へと転がってくれたようである。
俺の書いた報告書が広がって、みんなが幸せになってくれるとうれしいな。
そのままお茶を飲みながら、報告書のコツなどを教えることになった。これはこれでいい時間だな。そう思って指導していたら、いつの間にか使用人たちも集まって来ていた。俺たちが東屋で騒いでいるのが気になったのだろう。
この調子だと、思ったよりも早く新しい報告書の書き方が広まってくれるかもしれない。そうなれば、お父様もアレックスお兄様もダニエラお義姉様もニッコリだろう。きっと庭師のおじいちゃんたちも、魔導師たちもニッコリになるはずだ。
昼食を食べ、午後からは午前中に教えた技術と魔法の復習を行った。ちょっとドタバタすることになるけど、俺にあとどのくらいの時間が残っているのか分からないからね。できる限りのことをしておきたいのだ。
夕方からはハイネ商会に行って、アレックスお兄様とダニエラお義姉様、それからお兄様が集めてくれた商会員たちに報告書作成の指導を行う。荒っぽい指導にはなってしまったが、俺の報告書の写しをハイネ商会でも保管することになっているみたいなので、あとはそれを参考にして、技術を磨いて欲しいと思う。
そんなこんなで、慌ただしい一日が過ぎ去っていった。なお、完全に置き去りにしてしまっていたロザリアとミラからは泣きつかれてしまった。おわびに屋敷に戻ってからの時間は、ずっと一緒に過ごすことになってしまった。もちろん寝るのも一緒である。
……そろそろ一緒に寝るのはまずい年齢になっていると思うのは俺だけだろうか。ミラは問題ないんだけど、ロザリアが心配である。
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