第505話 溝を掘る

 回収した素材を護衛たちに持ってもらい、村へと戻った。この罠だけでもそれなりに効果はあると思うけど、もう一押ししておこうかな?


「ユリウス様、一体、どちらへ行かれていたのですか?」

「村長、ちょうどいいところに。ちょっと森に行っていたんですよ。それで、一つ提案があるんですが、森と畑の間に深い溝を掘ろうと思っているのですよ」

「深い溝、ですか?」


 首をかしげる村長。一体何をするつもりなんだと、興味深そうな目をするファビエンヌとネロ。また何かやらかすつもりだ、と怪訝けげんそうな目をするライオネル。何か面白そうなことが起こりそうだと、目を輝かせるロザリアとミラ。三者三様である。


「溝を掘って、森からやって来る動物が畑へ入って来ないようにするのですよ」

「なるほど。それはよい考えかも知れませんが、あいにくとこの辺りの土壌は柔らかくてですな。溝を掘ってもすぐに崩れてしまうかも知れません」


 どうやらかつて、同じことを考えて実行したことがあるようだ。だが、そのときはうまくいかなかったようである。

 事前に聞いておいてよかった。それなら掘った溝が埋まらないように、壁面を固くすればいいだけだ。


「大丈夫ですよ。それも含めて私に任せて下さい。あの辺りに溝を掘ろうと思っているのですが、構いませんか?」

「ええ、それは問題ありませんが……」


 半信半疑な村長を連れて、溝掘り予定地へ向かう。この位置なら森から少し離れているし、今ある畑に損害を与えることもない。両手に魔力を込めて、作りたい溝を思い浮かべる。


「ガイアコントロール!」


 モコモコと土が移動して溝が掘られていく。まるでスライムが移動しているかのようである。もちろん土を移動させただけではない。その土を押し固めて強固なブロック状にすると、それで壁面を覆った。これで崩れてくることはないだろう。


 あっという間に森と畑との間に溝ができる。幅は二メートルくらいなので、簡易な丸太の橋を渡すこともできるだろう。

 どうよ、と思って振り返ると、みんながみんな、目をまん丸にしていた。いや、ロザリアとミラだけは相変わらず目を輝かせているな。


「えっと、これならしばらくは大丈夫だと思いますが……」

「しばらく大丈夫どころか! ここまでしていただけたのなら、あとは我々でしっかりと維持させていただきますよ」

「それならよかったです。あと、獣よけとして、森で採れる素材を使った罠を考えているのですよ」

「罠まで……!」


 あ、村長がすでに涙を流している。感極まりすぎじゃないかな? お年をそれなりに重ねているみたいなので、涙腺が緩くなっているのかも知れない。

 そんなことを思っていると、突然、溝ができたことに気がついたのか、村人たちが集まってきた。これはちょうどいいな。


「村長、皆さんにその罠の作り方を教えたいと思っているのですが、よろしいですか?」

「もちろんですとも! 私が責任を持って、みんなを集めて参ります」


 そう言うと、風のように村長が駆けて行った。大丈夫かな? 腰を痛めたりしないよね?

 そんな心配をしながら待っていると、次々と村人たちが集まって来た。仕事中だっただろうに申し訳ないな。でも、無駄にはならないはずだ。


 集まって来た村人たちに、まずはこの溝を掘った理由を説明する。それを聞いた村人たちはとても喜んでくれた。これでイノシシもどきを退治するときにケガをする可能性が減った、とのことである。やっぱり退治するだけでも大変だったようだ。


「次は罠の作り方を教えますね。手順さえ間違えなければ大丈夫ですから、しっかりと覚えて下さいね」


 みんなの顔は真剣そのものである。それだけ被害が大きくなりつつあったのだろう。作り方は順番通りに混ぜるだけなので、それほど難しくはない。あとは配合だが、これは少々間違っていても、十分な効果を発揮するのだ。

 それを見ていたファビエンヌが感心していた。


「簡単に作れますのね」

「そうなんだよ。これならみんなにも気軽に使ってもらえるかなと思ってさ」

「ユリウス様、これは画期的な罠ですぞ。ぜひとも他の農村にも広めなければ。それに農家だけではありません。酪農家たちも欲しがるはずですよ」

「あー、確かにそうかも知れないね。帰ったらお父様に提案してみるよ」


 うなずくライオネル。ライオネルの耳には、どうやら酪農家からの悲鳴も届いているようだ。俺の耳に届いていないのは、そっち方面とは無縁だと思われているからなのかな?

 これからはもっと広く領内の情報を収集するようにした方がよさそうだ。そうすれば、俺でも何かできることがあるかも知れない。


 村人たちにも実際に罠を作ってもらった。ファビエンヌと一緒に見回りながら、丁寧に指導していく。識字率の上昇や計算ができる人が増えたおかげで、村人たちの理解力も大幅に向上しているみたいだ。少し助言するだけで、すぐにみんな作れるようになった。


「罠を仕掛けたり、柵に塗りつけたりするのは大変かも知れませんが、それに見合った効果はあると思います。ぜひ続けてみて下さいね」

「もちろんですよ。ユリウス様に教わったことは無駄にはしません」

「そうそう。こんなに立派な溝まで作ってもらったんだ。絶対に無駄にはしねぇよ」


 村人たちがうれしそうにそう言ってくれた。これで少しでも生活が楽になってくれるといいな。そしてお金を稼げるようになってくれたらいいな。

 そしてそのお金を競馬や領内の商品を買うのに使ってもらって、ハイネ辺境伯領を潤して欲しいところである。ちょっと考えがいやらしいかな? 俺だって一応、領主の息子である。タダ働きはしないのだ。


 午後からは再び農村の視察である。先ほどの光景がまだ影響しているのか、なんだか神でもあがめるかのような目で俺たちを見る人が増えているような気がする。そんなつもりはなかったんだけどな。


 そんなことをボソッとファビエンヌに話すと、苦笑いされてしまった。ユリウス様らしいですわねってどういうことだってばよ。ロザリアとミラは相変わらず俺のことを尊敬するような目で見ている。

 ネロは――ネロは村人たちと同じような目をしているな。残念ながら、俺は神様じゃないぞ。

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