第495話 使い方を教える
ファビエンヌとネロは、先ほどのドライフルーツを使った実演で、計算方法に興味を持ってくれたみたいだ。俺のたどたどしい説明を根気よく聞いてくれた。
「言葉だけだと難しいから、今から実演して見せるね。ネロ、なんでもいいから、この紙に数字を書いて」
「分かりました」
ネロがつらつらと、紙に鉛筆で数字を書いた。本当にランダムで書いてくれたようで、数字も桁もバラバラだ。大変よろしい。頭の中だけで計算するとしたら、ちょっと時間がかかりそうである。
「それじゃ、この数字を全部足して見せるね」
そう言ってからソロバンの玉をはじいていく。もちろん最初なので、数字を口に出しながらゆっくりと計算していく。二人は興味津々といった具合で俺の指先を見ている。
計算が終わり、今度は結果が正しいかを確認するために一つずつ足し算をしていった。
「よし、合計値が同じになったね」
「本当ですわ」
「すごいです。このソロバンを頭の中に描いて計算を行っているんですね」
「そうだよ。今度は二人も試してみて」
そのまま二人に使い方を教えながら、簡単な計算を一緒に行う。二人とも覚えが早く、計算速度が少しずつ速くなっていた。それを確認して、残りのソロバンを作ることにした。
二個目になると、俺の作業も速くなる。やっぱり一番時間がかかるのは最初の一つ目だね。
スイスイと残りに三つを作り終えるころには、二人とも完全にソロバンの使い方を習得していた。あとは練習を重ねて、計算速度を向上させるだけである。
「みんなの分が完成したよ。ファビエンヌ、ネロ、どれがいい? とは言っても、どれもほとんど同じなんだけどね」
木材の色合いで少しずつ色が違うが、どれも同じ形になっている。どれでもいいとは思うが、二人には好きなものを選んでもらいたい。なぜなら二人は、俺の特別な人なのだから。
「それでは私はユリウス様が最初に作ったソロバンにしますわ」
「では、私はこれにします」
ネロが選んだのは二番目に作ったソロバンだ。もしかして、俺が作っているのをひそかに観察していたのかな? でも二人ともうれしそうにしているからよし。
そのままソロバンを使った計算を練習してから、夕方、ファビエンヌを家まで送り届けた。
夕食時、いつものようにダイニングルームへと向かう。そこにはいつも最後の方にやって来ていたアレックスお兄様とダニエラお義姉様の姿があった。商会での仕事は終わったのかな?
「アレックスお兄様とダニエラお義姉様、昼間に話していた補助用の道具は完成しましたので、明日、商会の執務室に持っていきますね」
「もう完成したのかい? さすがはユリウスだね。楽しみにしておくよ」
「私も楽しみだわ」
笑顔の二人。この場にロザリアがいれば「なにそれ?」と聞いてきただろうが、この場にはいないのだ。どうやら工房での作業が長引いているみたいだ。いや、違うな。工房から戻って来ようとしない、と言う方が正しいだろう。
「ロザリア、何度も言っているでしょう? もう少し早く戻って来なければなりませんよ」
「ごめんなさい、お母様」
やっぱりだった。困り顔のお母様と、申し訳なさそうな顔をしたロザリアが、一緒にダイニングルームへとやって来た。ロザリアの物作り熱はまだまだ高いようである。このままだと、いつかお母様から本格的な雷が落ちそうだ。
「今日はみんなそろっているようだな」
そう言ってダイニングルームへやって来たのはお父様だ。とてもうれしそうな表情をしている。いつもは遅いアレックスお兄様とダニエラお義姉様がいるからね。ハイネ商会の仕事も一段落したと思って、ホッとしているのかも知れない。
「ユリウスが商会の仕事を手伝ってくれたのですよ。そのおかげで、ようやくたまっていた仕事が一段落しましたよ」
「ほう、ユリウスが……ちなみに何を手伝わせたのだ?」
探るようにお父様が聞いた。しかもなぜか、眉をひそめて俺の方を見ている。どうしてそんなに疑うような目で俺を見るんですかね? いたたまれなくなった俺は、さりげなく今日の夕食をネロに聞くのであった。
「会計の書類ですよ。こればかりは自分たちで処理するしかないですからね」
「会計の書類……確か、かなりの量があったな」
アレックスお兄様とダニエラお義姉様がいない間は、お父様が会計の書類を処理していたみたいだからね。あの書類の山には見覚えがあったのだろう。なんだか遠い目をしている。
その表情を見るに、お父様もかなり頑張ったんだろうな。それでも片づけることはできなかったみたいだけどね。
「それをユリウスがあっという間に片づけてくれたんですよ。おかげで私たちは間違っている箇所の最終チェックだけで済みました」
「休憩を挟みながらでしたが、二時間ほどですべての書類を片づけたてくれたのですよ。あまりの計算の速さに驚きましたわ」
「二時間!」
グワッと目を見開いたお父様がこちらを見た。俺はすぐに、運ばれて来た食事へと目を向けた。ダニエラお義姉様は顔を輝かせているのだが、あんまり広めて欲しくなかったかな。たぶんまた、お父様の頭痛の種になりそうだから。
でもダニエラお義姉様は悪気がないみたいなんだよね。むしろ逆に、義弟の才能を自慢しているかのようである。これじゃ、文句は言えないな。あとはなるようにしかならないみたい。
「ダニエラの言う通り、確かそのくらいの時間で屋敷に戻って行きましたね。あまりにも計算が速いので、どうやって計算しているのかを聞いたのですよ」
「……それで?」
「計算方法を習得するための道具をユリウスに作ってもらったところです」
あー! お兄様、それ言っちゃう? 今、この場でそれを言っちゃう? あ、ロザリアが目を輝かせてこちらを見ている。お母様が食事をストップして、笑顔でこちらを見てるが、なんだかその笑顔が怖いぞ。
ロザリアを叱ったばかりだもんね。それを助長することを俺がやろうとしたら、そりゃ怒るわ。
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