第492話 農業魔法

 ほどなくしてファビエンヌが改良した植物栄養剤を作り終えた。作り方は特に難しくはないため、みんな高品質のものができている。


「この魔法薬に名前をつけないといけないね。ファビエンヌの植物栄養剤にする?」

「それはちょっと恥ずかしいです……」

「そっか~」


 顔を赤くしてうつむいたファビエンヌを、思わずニヤニヤした表情で見てしまう。本当にかわいいな、俺の嫁。

 さて、それじゃ、どんな名前にするのがいいかな。さすがにファビエンヌの名前を入れるのはよくないか。


「万能植物栄養剤、はどうでしょうか。作物に対する効果はこれから調査することになりますが、先生の見立てでは問題なく作物にも作用するのでしょう?」

「間違いなく作用すると思う。そうだね、どんな植物にも対応できるから万能植物栄養剤にしようか。ファビエンヌはどうかな?」

「いい名前だと思いますわ。どの植物に使えるのか、とても分かりやすいと思います」

「それじゃ、決まりだね」


 ファビエンヌの許可も下りたことだし、万能植物栄養剤に決まりだ。この世界に新しい魔法薬が誕生したぞ。しかも作ったのは俺の嫁。最高だな。それじゃさっそく温室で作物を育ててみることにしよう。

 見せてもらおうか、万能植物栄養剤とやらの性能を。


 王宮魔法薬師のみんなも手伝ってくれるらしく、一緒に温室へと向かった。途中で口の周りに果物の汁をつけたミラを回収する。

 つまみ食いですか~? あとで料理長に話を聞いておこう。無断で食べているようならお尻ペンペンだな。


 温室に到着するとすぐに準備を開始した。平民の主食である芋類を中心に、小麦やトマト、ナス、キャベツ、イチゴなども一緒に植える。もちろん季節ごとに違う場所に植えている。

 こんなとき便利だよね、温室。すべての季節を再現することができるのだから。


「ハイネ辺境伯家の温室は本当にすごいですよね。王城にある温室では、こうはいきませんよ」

「ええ、そうよね。冬の間に春を再現するだけで精一杯だったものね。ここのように、夏も秋も、何だったら冬まで再現できるだなんて、この目で見ても信じられないわ」


 王宮魔法薬師から修行と称してハイネ辺境伯家に滞在しているクラークさんとライラさんが感慨深そうにそう言った。

 初めて知った。王城にある温室ってそんな感じなんだ。それじゃハイネ辺境伯家にある温室は時代の最先端を行っているということなのか。


「さすがはユリウス様が作った温室なだけはありますね」

「え? 先生が作ったんですか!」

「あー、いや、俺だけじゃなくて、ロザリアと一緒に作ったんだよ。俺だけじゃないからね」


 なんとなく二回言っておいた。そうしないとまた変なウワサが流れることになってしまう。ロザリアには申し訳ないが、共犯者になってもらおう。それにウソは言っていない。ロザリアもこの温室に設置されている魔道具の製作にかかわっているのだから。


 今もこの温室の魔道具はロザリアが定期的に点検しているからね。そう思うとロザリアも成長したなー。


 土魔法でフカフカの土を作り、作物を植えて水魔法で水をまく。これで下準備は完了である。魔法を使ったのであっという間だった。なんなら作物を植える時間の方が長かったような気がする。


「魔法でこんなことまで……」

「さすが先生。あの広い薬草園を管理しているだけはありますね。ところで先生、先ほどの魔法、私たちにも教えてもらえませんか?」


 目を輝かせて俺を見る王宮魔法薬師の三人。ファビエンヌも気になっていたのか、うかがうような目でこちらを見ている。ちょうどいい。まとめてみんなに教えることにしよう。

 こうしてユリウス・ハイネによる農業魔法の授業が始まったのであった。


 午前中にするべきことを終えて、午後からはハイネ商会へと向かった。ちょっとしたデートのつもりでもあるので、ゆっくりと見て回る予定である。まずは工房からだな。

 そこにはすでにロザリアとエドワード君の姿があった。


「問題なく魔道具が作れているみたいだね」

「お兄様」

「ユリウス様」


 二人と情報交換をし、その流れで職人たちとも話す。どうやら毎日が充実しているようで、みんなの顔つきがとても明るい。念のためあまり頑張りすぎないようにとだけ言っておく。疲れがひどいようなら、初級体力回復薬の提供も考えないといけないな。癒やし効果を高めるために、大ミツバチの蜜でも入れてみようかな?


 工房の視察を終えると、次は商会へと向かう。午後からということもあり、店にはたくさんの人が詰めかけていた。今日も大盛況のようである。店員さんが忙しそうに動き回っている。


 これはゆっくりと話を聞いている時間はないな。そう思った俺は特に店員を呼びつけるようなことをせずに、ファビエンヌと一緒に店内をゆっくりと見て回った。

 鉛筆の売り上げはよいようだ。どうやら筆箱などを含めたセットで売れているらしい。見ている先からどんどん売れている。


 もしかすると、どこか別のところで転売するつもりなのかも知れないな。でも大丈夫。これらの文房具にはハイネ印がついているのだ。だからどこの商品なのかは一目瞭然なのである。


 よそではまねしているところもあるようだが、ハイネ商会から売りに出されているものが一番品質がよいとなれば、ブランド力で優位に立てるはずである。


「万年筆も売られてますわね」

「本当だ。ついに庶民向けにも売られるようになったのか。それでもガラスケースの中に入っているね。値段もそれなりに高い」

「見て下さい。プレゼントにどうですかって書いてありますわ」

「特別な一品として売りに出したわけか。よく考えているな。それならこの値段でもお得な感じがするな。宝石だと、もっと値段が高いだろうからね」


 万年筆は実用品で日頃から使ってもらえる。個人的には宝石類よりも有用な気がするのだが、それは男の考えかな? 男性向けのプレゼントとしては万年筆は持って来いだな。これから流行するかも知れないな。ちょっと楽しみだ。

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