第416話 森で採取する
午後になり、俺たちはミュラン侯爵家を出発した。魔物の動きは気になるが、こちらにはそれなりの人数の騎士がいることだし大丈夫だろう。それに俺たちも戦うことができるのだ。
森の中の移動は歩きである。近くで馬車を降りると、明るい森の中を騎士の案内で進んで行く。この辺りの森はしっかりと手入れされているようであり、道こそないものの、下草もなく歩きやすい。ミラもうれしそうに歩いている。
「森林浴にはちょうど良さそうな森だね」
「この辺りの森はちょっとした観光地になっておりますのよ。今は魔物の騒動のあとなので人がいませんが、以前は歩いている人を時々見かけましたわ」
懐かしそうにキャロがそう言った。早く元の日常が戻って来ると良いね。東の辺境伯が追っていると思われる魔物が倒されれば、この辺りの魔物はいなくなるんじゃないかな。そうなれば、この森は再び観光スポットになるだろう。
ファビエンヌが木の根につまずいて転ばないように、手をつないで森の中を進む。俺たちの前には同じくキャロの手を引っ張るアクセルの姿があった。考えることは同じようである。他のメンバーは周囲を警戒しているようだ。
「ここから先は道が険しくなります。足下には十分に気をつけて下さい」
騎士が指し示した方向には少し薄暗い森が続いている。どうやら森の奥へ行くほど暗い森になっているようだ。そこはまだ人の手が届いていないということなのだろう。森の奥からも魔物の気配は感じられない。事前調査の通り、この辺りには魔物はいないようである。
先ほどよりも慎重に森を進んで行くと、程なくしてアクセルたちが足を止めた。そして前方を指差した。
「あの看板がそうなんじゃないかな?」
「きっとそうだわ。行きましょう、アクセル」
「あ、ちょっとキャロ、走ると危ないよ」
駆け出したキャロを追いかけるアクセル。その後ろを騎士たちが慌てて追いかけている。どうやら俺たちに告白したことで吹っ切れたようである。隠す素振りが全く見られない。ファビエンヌは苦笑しているし、イジドルはぼう然としていた。
「いつものアクセルじゃない」
「あれは完全に有頂天になってるな。もしかすると、庭でのデートのときは、いつもああだったのかも知れない」
「そう言われてみれば、ものすごくアクセルの機嫌が良い日があったなぁ」
イジドルには思い当たる節があったようだ。納得の表情である。俺たちもそちらへ向かう。そこには予定通り、地面に薬草が生えていた。こんな大きな看板があるのに、だれかに採られずにすんだようである。ここまで来る冒険者はいなかったのかな?
「さっそく薬草を回収するよ。ネロ、袋とスコップを持ってきてよ」
「こちらに用意してあります」
すぐにネロが持って来てくれた。そのまま流れるように薬草の苗を回収する。これで最低限、必要な物を手に入れることができたぞ。俺が苗を回収するのを真剣な顔つきで見ていたファビエンヌがそっと顔をこちらへ寄せてきた。
「ユリウス様、今度は私にもやり方を教えていただけませんか?」
「もちろん構わないよ。いくつかの手順が必要だから、ちょっと大変かも知れないけどね」
これでファビエンヌが植物栽培系のスキルを身につけることができれば非常に心強い。今後、薬草園を拡張することになっても、時間を大幅に短縮することができるだろう。それに、一人寂しく作業をしなくてすむ。
薬草の苗を回収した俺たちはすぐに次の目的地へと向かう。そこには毒消草が生えているはずである。
「お話にあったように、魔物はいないみたいですね。ちょっと安心しました」
「そうだね。この辺りにはいないみたいだね」
次の目的地周辺にも魔物の姿はなさそうだ。ファビエンヌが言うように、安心して動くことができるのはありがたい。
毒消草が生えている場所までやって来た。今度はファビエンヌに教えながら苗を回収する。ファビエンヌは実家の庭で植物を育てていたので、なかなか筋が良かった。これなら何度か一緒に作業をすれば、スキルが身についてくれそうだ。
「残りは魔力草ですね。この場所はこれまでよりもさらに森の奥になります。それだけ危険も高まることになりますので、我々の指示に従って下さい」
ミュラン侯爵家の騎士団長がそう言った。それでも連れて行ってくれると言うことは、魔法薬の素材の確保がどれだけ重要なのかを知っているからだろう。この辺りの魔力草はすでに取り尽くされているようだ。冒険者も魔力草の希少価値を知っているのだ。
この辺りに生えていた植物が再生するまでにはそれなりの時間がかかるはずだ。俺が植物栄養剤をこの森一帯にまけば話は別かも知れないけどね。それこそ大騒ぎになりそうなんで、よほどの事情がない限りはやらないだろう。
次の目的地に近づいたとき、『探索』スキルに反応があった。ここから遠いが、魔物の集団がいる。こちらへ向かって来てはいないようだが、さてどうするか。
念のため、コッソリとライオネルに報告する。
「ライオネル、向こうに魔物がいる。距離はまだ十分にある」
「警戒させておきますので、ユリウス様は速やかに魔力草を回収して下さい」
「頼んだよ」
ライオネルが動き出すのを確認してから先に進んだ。間もなくして看板が見えて来た。その近くには魔力草が生えている。周囲の森は先ほどに比べると随分と暗くなっていた。その不穏な景色に恐怖心を抱いたのか、ファビエンヌが先ほどからベッタリと腕にくっついている。もちろんアクセルにはキャロが張り付いていた。
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