第417話 ビッグエイプ

 魔力草の採取方法をファビエンヌに教えながら慎重に苗を回収する。さすがに数は取れないようで、この苗一つになりそうだ。だが問題ない。俺たちには植物栄養剤がある。これさえあれば短期間で増やすことができるのだ。

 ただし、使用量を間違えないように慎重に取り扱わなければならないけどね。


「これで魔力草の回収は終わりだよ」

「植物によって採取のやり方が違いますのね。勉強になりますわ。そうですわ、ユリウス様の採取の方法を本にしたら、多くの場所で栽培することができるのではないですか?」

「良い考えだね。薬草園で育てられるようになれば、森の資源も守ることができるからね」


 そのうち本でも書いてみようかな? でも色んな人に本を見てもらうためには活版印刷の魔道具が必要になるだろう。ちょっと様子見だな。


「キュ!」

「どうしたの、ミラ? 魔物がこっちに向かって来てる!」


 ミラの声で『索敵』スキルに意識を向けると、先ほどまで別の方向に進んでいたはずの魔物がこちらへと進路を変えていた。何でこちらの場所が分かったのだろうか。まだ距離はあるが、ぶつかるのは時間の問題だろう。


「ユリウス様」

「大丈夫だよ、ファビエンヌ。俺が必ず守るから」

「ユリウス様」

「ハイハイ、そこまでにしておいてよね。魔物が来てるんでしょう? どうするの」


 ちょっとふて腐れ気味のイジドルが聞いてきた。自分だけのけ者にされていると思ったのかも知れない。しかしそれは違うぞ。ネロもジャイルもクリストファーもキミの仲間である。


 偵察に行っていたライオネルたちが戻ってきた。魔物がこちらへ向かっていることを察知したのだろう。さすがだな。


「ユリウス様、魔物がこちらへ向かっております。急いでこの暗い森から脱出いたしましょう」

「分かったよ。でも、どうしてこの暗い森からなの?」

「魔物の生息する暗い森に魔物以外の生き物が入り込むと、一斉に襲いかかって来るという報告を聞いたことがあります。そのときはそんなはずはないと思っていたのですが……」

「それがどうやら本当みたいと言うことなんだね?」


 申し訳なさそうにライオネルがうなずいた。ライオネルは悪くない。そんな報告を受けたら、俺もライオネルと同じように考えたはずだ。そんなはずはない、と。


 そもそも、どうやって魔物以外の生き物が入り込んだことを察知するのか。周囲に魔力の流れが変わる? だとしても、それが魔物のところにまで到達するには時間がかかるだろうし、そもそも魔力の変化を魔物が察知できるのかも分からない。


 魔物が魔力を感知する能力にたけているのだとしたら、人間はもっと魔物から追い詰められているはずだ。魔物退治などやっていられないはずである。魔物からの不意打ちばかりになるだろうからね。


「暗い森に何か秘密があるんだろうな。おっと、それよりも早く撤収しないとね。必要な物は手に入れたから急いで移動しよう。追加の魔物が来ると厄介だからね」


 俺たちは急いでその場をあとにした。急ぎ足で先ほどよりも明るい森へと戻って来ると、慎重に魔物の行方を追った。騎士たちは現在も警戒中である。

 どうやら魔物はそのままこちらを追いかけて来ているようだ。このままではいつか追いつかれるな。


「まだ追いかけて来てる。どこかで迎え打った方がいいね」

「広い場所があれば良いのですが、あいにくこの辺りにはそのような場所はありません。防御陣形を組んで戦うしかありませんね」


 ミュラン侯爵家の騎士団長がそう言った。魔物から不意打ちされるわけでもないので、それで問題ないと思う。ちょっと動きが遅いのが気にかかるところではあるが。フォレストウルフだよね?


 ある程度進んだところで迎え打つことにした。視界を遮る周囲の木がちょっと邪魔ではあるが、下草もあまりなくて動きやすい。魔物も隠れることはできないだろうし、こちらが不利にはならないだろう。


 魔物が近づいて来てるのが分かったのか、騎士たちが油断なく身構えた。もちろん俺たちも周囲を警戒している。しかし、そろそろ見えて良いはずの魔物の姿は見えなかった。何だろう、嫌な予感がする。


「キュ、キュ!」

「ミラ? 上か!」


 ミラが木の上を指した。森にはフォレストウルフしかいないと思い込んでいたのがあだとなった。騎士たちも上を見上げる。そこにはビッグエイプの姿があった。距離はまだあるが、木の上を移動しているため、防御陣形の上を通り抜けることができる。


 これはまずいな。騎士のほとんどは木々の生い茂る狭い場所で十分に戦えるように剣を装備している。遠くへの攻撃手段は乏しかった。弓持ちや魔導師もいるか、少数である。

 不利だと思ったのは俺だけではなかった。騎士たちも同じように動揺している。


「どうしてビッグエイプがいるんだ? この森にはいなかったはずだぞ」

「どこか遠くの森から移動してきたのか? フォレストウルフが森から出て来たのはこいつらの仕業か!」


 ザワザワと騒いでいる間にもビッグエイプはこちらとの距離を縮めていた。

 どうするもこうするもないな。ファビエンヌが腕にしがみついて離さない状態でできるのは、魔法を使うことだけである。


 木々の間をすり抜けて、かつ、動きが素早いビッグエイプにダメージを与えられる魔法。火属性魔法は森が燃えるからダメ。それ以外で誘導性があって、邪魔な木を回避できるほどの運動性があって、魔物を一網打尽にできる魔法。


 そんなわがままをかなえてくれる魔法は雷属性の魔法しかないな。雷魔法を使っているのを見たことがないけど、大丈夫だよね? でもそれ以外では思いつかないし、ええい、ままよ!

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