第414話 準備完了

 薬草園を作り終わったあとはそのままミュラン侯爵家の自慢の庭でお茶をすることにした。もちろん俺とネロは着替えるために一度、屋敷へと戻った。ファビエンヌがキャロたちと残ることになるけど、ミラが一緒にいるから大丈夫だろう。


 それでも急いで着替えてから戻ると、ファビエンヌはみんなと楽しそうに話をしていた。良かった。これならもう大丈夫そうだな。ちょっと過保護すぎたかな?


「ユリウスもこっちへどうぞ」

「ありがとう。うん、良いお茶だね」

「キュ!」


 ミラが両手を出した。さすがはミラ。良い嗅覚をしてる。ネロの持たせておいた袋からドライフルーツを取り出した。みんなにも食べてもらおうと思って持って来たのだ。お皿の上に出すと、興味津々とばかりにキャロとアクセル、イジドルがそれを見ていた。


「これってもしかして、ドライフルーツじゃない?」

「お、さすがにキャロは知ってたみたいだね」

「ええ、王都のタウンハウスで食べたことがありますわ。とても甘くておいしくてビックリしましたわ」

「キュ!」


 キャロが話している間にミラがそのままドライフルーツにかぶりついた。こら、お行儀が悪いぞ。見かねたファビエンヌがミラに食べさせている。アクセルとイジドルは気になっているのか、手を出したり引っ込めたりしている。キャロが手を出さないと食べにくいよね。


「みんな食べてよ。ハイネ辺境伯家の特産品なんだ」

「あら、そうでしたの?」

「ユリウス様がドライフルーツを作る魔道具を開発したのですよ。聞いたところによると、あっという間にその魔道具を作ったとか?」


 ファビエンヌに話を振られたネロが首を縦に振っている。それを見たキャロが口元に手を当てた。アクセルとイジドルはそろってウンウンとうなずいている。どうやら俺ならやりかねないと思われているようだ。


「それじゃ、遠慮なくもらおうかな。うっま! 何これ?」

「え、そんなに? うっま!」


 うまいうまいと食べ始めたアクセルとイジドル。その姿に一瞬だけほうけたキャロだったが、すぐに我に返るとドライフルーツを食べ始めた。


「おいしい! 王都で食べたときよりも断然おいしいですわ」

「作りたてだからね」

「あら、ユリウス様、どうやって作りましたの? 魔道具は持って来てないはずですけど……」

「魔法とスキルを使ったんだよ」

「ユリウスってさ、何でもできるよね。どうなってるの?」


 真顔で聞いてきたイジドル。俺はそれに苦笑いで答えるしかなかった。

 薬草園を無事に作り終えたので、午後からは魔法薬の植物栄養剤を作ることにした。ここまで準備できれば、あとは苗をゲットするだけである。


「素材の品質は普通のものばかりですわね」

「そうだね。低品質じゃないだけ、ヨシとした方が良いのかも知れない」

「そうですわね」


 高品質や最高品質の素材に慣れ親しみすぎたようである。これはちょっと良くない傾向だな。どんな品質の素材を使っても魔法薬を完成させる。その技術こそが大事なのだ。品質はあくまでもおまけだ。もちろん品質が高いことに越したことはないけどね。


 ファビエンヌと一緒に慎重に植物栄養剤を作る。前に作ったことがあるので問題はない。問題があるとすれば効果が高すぎた場合である。育ちすぎてモッサリとした薬草や毒消草が薬草園に生えていたら、それはそれで大騒ぎになることだろう。加減が難しいな。


「うぬれ」

「苦戦しておりますわね」

「うん。効果が高すぎない魔法薬を作るのがこんなに難しいだなんて思わなかったよ」

「そんなことを思うのはユリウス様だけですわよ」

「ユリウス様は特別なお方ですからね」

「キュ」


 ファビエンヌとネロが俺の悩みを聞いてあきれている。それはそうかも知れないけど、俺には深刻な問題なのだ。超一流の魔法薬師はつらいぜ。

 それでも何とかよさげな植物栄養剤を作ることができた。ものすごく薄めることになったけど。


「たくさんできましたわね」

「そうだね。これなら当分、薬草を育てるのには困らないと思う」

「花壇で使っても良さそうですわね」

「そうだね。バラ園で使ったらとんでもないことになりそうだけど」


 生け垣の全面にバラが咲いている様子を思い浮かべて、何だか微妙な気持ちになった。何というか、希少価値が下がったような感じがする。これならバラの香りをした香水も作りたい放題だな。

 同じことを想像したのだろう。ファビエンヌの顔も微妙なものになっていた。


「何事もほどほどが良いですわね」

「うん、そうだね」

「あと必要な物は……虫除けのお香でしょうか?」

「そうだね。この時期の森には虫がたくさんいるだろうからね。作っておこう。ついでにかゆみ止め軟膏も作っておくか」


 こうして準備を整えた俺たちは森に行く許可が下りるのを待っていた。そしてその日はすぐにやって来た。

 俺たちはサロンに集められ、ミュラン侯爵家の騎士団長から、今回、実施される”森への遠征”についての話を聞くことになった。


 遠征……確かにそうなんだけど、かなり仰々しい名前になっているな。ほら、ファビエンヌとキャロ、イジドルの顔がちょっと引きつっている。逆にアクセルの顔は楽しそうだ。

 騎士団長は遊びに行くわけではないことを強調したかったみたいだけど、女性陣には刺激が強すぎたようだ。


 まあ、これに気後れして屋敷に残るって言ってくれるなら、俺としてはその方が良いんだけどね。男だけなら安心して森を散策することができる。だが、そんな俺の思いとは裏腹に、二人とも辞退することはなかった。

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