第413話 前準備

 翌日、朝食の席でさっそくキャロがミュラン侯爵に相談してくれた。


「お父様、ユリウス様がシャワーの魔道具を作ってくれるそうですわ。領都の魔道具工房を紹介したいと思っているのですが、いかがでしょうか」

「シャワーの魔道具? おお、タウンハウスに設置してあったあの便利な魔道具か。もちろんだとも。すぐに手配しておこう」

「ありがとうございます」


 こちらを向いたミュラン侯爵にすぐにお礼を言った。キャロをけしかける形になってしまったが、客として招かれている俺がねだるのは筋違いだろう。だがこれで、シャワーの魔道具をお風呂場に設置することができるぞ。これで女性陣が髪を洗うのも楽になるはずだ。


 森の奥地へ行くのにはもう少し時間がかかるようだ。どうやら事前に薬草などを探しておいてくれるそうである。当日はその場所まで一直線に行って帰るという算段だ。

 サッと行って、サッと帰って来る。確かに一番安全な方法だろう。森の奥地を大人数でウロウロするよりかはずっと良い。


 朝食が終われば花壇と言う名の薬草園作りである。ミュラン侯爵家の庭師から作業用の服を借りる。庭師の見習いとして子供も従事していたので、ちょうど良いサイズの服があった。


「似合っておりますわね」


 部屋で作業着に着替えた、俺の姿を見たファビエンヌが喜んでいる。残念なことに女児用の作業着がなかったので、ファビエンヌは見学だ。ミラを抱きかかえているので、ミラと一緒に見守ってくれるのだろう。


「似合ってるって言うか、違和感がないな」

「まるで庭師の息子だね。でも、本当にボクたちは手伝わなくて良いの?」


 準備をしているところにアクセルとイジドルが様子を見に来た。だれかに聞いたのだろう。作業着姿になっているのは俺とネロだけである。他の使用人はそのままの姿だ。確かにこの状態を見たら疑問に思うかも知れない。

 だがしかし、俺には魔法があるのだ。


「大丈夫だよ、問題ない。気になるなら見学に来る?」

「そうだな、キャロ様を誘ってから行くよ」

「気になるから行く」


 そう言ってアクセルは部屋から出て行った。イジドルは俺が魔法で何とかすることに気がついたようである。その目がギラギラと光を帯びてきた。本当にイジドルは魔法が好きだよね。


 ミュラン侯爵家の使用人に連れられて、指定された場所へやって来た。そこは庭の片隅ではあったが、すぐ近くに立派な生け垣が見える。こんな場所に薬草園なんて作ってしまっても良いのかな。


 ネロと一緒に大体の形を地面に書いていると、キャロを連れたアクセルがやって来た。キャロも仲間外れにされたくなかったのか急いで来たようだ。息がちょっとだけあがっている。アクセルは涼しい顔をしていたけどね。


「キャロ、本当にこの場所で良いのかな。日当たりも良くて、かなり良い場所だよ?」

「出来上がった薬草園はお兄様が引き継ぐことになるのでしょう? それなら問題ありませんわ」


 確かにそうか。侯爵家の次男が利用する薬草園が見栄えの悪いものだったら外聞が良くないか。なんだか責任が重くなってきたぞ。平常心、平常心。キャロからの最終確認もとれたことだし、始めるとしよう。


 大体の概要をキャロに話しておく。さすがにすべては理解できない感じではあったが、話をして許可をもらっておくことに意味がある。俺一人でやったわけではないですからねアピールだ。これで俺一人の”やらかし”にはならない。この場にいるみんなの連帯責任である。


「準備もできたことだし、始めるとしよう。みんな、念のためちょっと離れておいてね」

「何をするおつもりですの?」


 キャロが眉をぽよぽよさせている。ファビエンヌは俺が何をするのかを察したようであり、すでに意味深な笑顔を浮かべている。苦笑ではない。でも喜んでいるわけでもなさそうだ。言うなれば、あきれているような笑顔? 実に器用である。


「魔法で薬草園を作るんだよ」

「魔法で……」


 キャロが絶句し、イジドルは見逃すまいと目を光らせている。アクセルは首をひねっていた。良く分かっていないのかも知れない。そんな周りの目を気にしないようにして魔力を集中させる。土魔法とスキルを発動すると、目の前にフカフカの土が現れた。もちろん畝つきである。


「す、すごいですわ。あっという間に土が盛り上がりましたわ」

「すげえ! これ、耕されているのか?」


 アクセルが土を触る。その感触に目が大きく見開かれた。すぐにイジドルもアクセルと同じように土を触り始めた。こちらはまるで土質の調査をしているかのようである。

 ファビエンヌとキャロもそれに続こうとしたが、さすがにとめた。


「ファビエンヌ、キャロ、ダメだよ。手と服が汚れるからね」

「う、でもちょっとくらいなら」

「もう、しょうがないなぁ。ちょっとだけだよ」


 ファビエンヌとキャロが薬草園に近づく。服が地面につかないように、使用人が頑張って引っ張っている。太ももが見えそうで、非常に目の毒である。それを何とか、アクセルとイジドルの目に入らないようにする。立ち位置が重要だね。


「本当にフカフカですわ」

「こんなに簡単に薬草園ができるとは思いませんでしたわ」

「魔法を使いましたからね、魔法を。普通はこんなに簡単には作れませんよ」


 これが普通だと思われたら、庭師たちからひんしゅくを買ってしまう。そのため必死に魔法アピールをしておいた。これで大丈夫だろう。

 問題ないとは思うけど、俺も土を触って確認しておく。うん、触り心地も鑑定結果も、どちらも問題ないみたいだ。これならすぐに苗を植えることができるぞ。

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