第408話 問題児?
医務室での任務を終えた俺たちは後をライオネルに任せて、ミュラン侯爵が俺たちのために用意してくれている調合室へと向かった。そこはちょっと奥まったところにあり、薄暗くて日当たりがあまり良くない場所だった。
「うーん、魔法薬を作るには絶好の場所だね」
「そうですわね。気温も安定しておりますし、直射日光も当たらない。これなら魔法薬で使う素材がすぐに悪くなることもなさそうですわ」
さすがはミュラン侯爵だな。そこまで計算してこの場所を準備してくれているとは。もしかして、ミュラン侯爵家専属の魔法薬師を雇うつもりなのかな? そして俺に、その人物へ魔法薬の作り方を教えて欲しいのかも知れない。
そんなことを考えながら室内に入った。パッと見た感じでは一通りの道具はそろっているようだ。これなら初級の魔法薬くらいなら問題なく作ることができるだろう。ただ、高難易度の魔法薬を作るのは難しそうだ。細かい作業を行うための計器がないからね。
「これならすぐに魔法薬を作ることができそうだね」
「そうですわね。あとは素材があれば……」
ファビエンヌの目がとある箱で止まった。いかにも何かが入っていそうな箱だったが、普通の箱なんだよね。あまり良い予感はしないぞ。ファビエンヌも同じことを思ったのか、目の色が失われつつあった。
恐る恐る近づき、そっと箱のフタを開けて中をのぞく。果たしてそこには、薬草や毒消草などの素材が入っていた。それを見たファビエンヌが顔をしかめる。俺もオーマイゴッドと叫びたい。
「これは……どうしよう」
「品質がすごく悪いですわね。これでは高品質の魔法薬を作るのは無理そうですわ」
「キュー!」
あ、ミラが鼻を押さえて悲鳴をあげてる。
素材はしなびてしおしお。中には異臭を放っているものもある。どうしてこんなことに……ああ、なるほど。森で採れる薬草が全部なくなる前に確保しようとしてくれたのか。
その気持ちはありがたいんだけど、とれたてフレッシュじゃないと、さすがの俺たちでも限界があるぞ。
「よし、ファビエンヌ、プランBだ」
「プランB?」
「キュ?」
「そうだ。ここに薬草園を作る!」
高らかに宣言すると、ファビエンヌとネロが困惑の表情を浮かべた。何を言い出すのかと思ったら、みたいな顔になっているが私は本気だ。ただ一人、ミラだけが尻尾を振って喜んでいる。よーしよしよし。良い子でちゅね~。
「ユリウス様、薬草園を作るとしても、素材が収穫できるまでにはそれなりに時間がかかるのではないでしょうか」
「素早く薬草を生長させるために、そこは植物栄養剤を使うよ。植物に使うのなら品質はそこそこでも問題ない。植物は『ゲロマズ!』とか言わないからね」
「それではミュラン侯爵様にお庭を使う許可をもらわないといけませんわね」
ファビエンヌは納得がいったのか、それとも俺が止まらないと思ったのかは分からないが、アゴに手を当てて真剣に考え始めていた。それを見たネロも覚悟を決めたようである。先ほどまで垂れ下がっていた眉がキリッとなった。
「それでは薬草の苗を手に入れなければなりませんね」
「そうなるね。近場にはもうないみたいだから、森の奥地まで行かなくちゃいけない。ライオネルと相談だな」
「すぐに行って来ます」
そう言ってネロが調合室から出て行った。それじゃ俺たちはミュラン侯爵に庭で薬草園を作る許可をもらいに行こう。ミュラン侯爵家でも魔法薬を作るようになるのなら、あって損はないはずだ。
ミュラン侯爵を探して屋敷を右往左往していると、サロンでキャロを見つけた。もちろんそこにはアクセルとイジドルの姿もある。
イジドルくん、君、お邪魔虫なんじゃないのかな。良かったら回収してあげようか?
「ユリウス、ファビエンヌさん」
「お楽しみのところごめんね」
「キャロリーナ様、私のことは呼び捨てで構いませんわ」
「それなら私のこともキャロと呼んで下さいませ」
お茶をするつもりはなかったのだが、すぐに使用人がお茶を持って来てくれたので、ご一緒させてもらうことにした。アクセルはバツが悪そうな顔をしている。もしかして、まだ隠し通せていると思ってるのかな? 甘いな、甘い甘い。イジドルでも気がついているのだから、俺でも気がつくさ。
「キャロ、ミュラン侯爵様とお話がしたいんだけど、どこにいるのかな?」
「この時間は領地の視察に行っていると思いますわ。あの騒動が起きてから、あちこちで問題が発生しているようですの。私には何も教えてくれませんけど……」
キャロがションボリとしている。父親としてはかわいい娘に心配をかけさせたくないんだろうな。その気持ちは分かるような気がする。俺だってロザリアにはなるべく心配をかけたくない。
「何か問題が起きたのか?」
「違うよ、アクセル。ユリウスのことだから、これから問題を起こすつもりなんだよ」
「……イジドルくん?」
「ヒッ!」
いつの間にそんな子に育ってしまったのかな? もしかして、俺とアクセルに好きな子がいることに嫉妬しているのかな? でもそれは俺たちが悪いんじゃないぞ。
「問題を起こすと言えば、そうかも知れませんわね」
「ちょっとファビエンヌさん?」
「キュ!」
まさかの裏切り! キャロとアクセル、イジドルの顔がこちらを向いた。どうして三人とも、そろってそんな半月のような目でこちらを見るんですかね? 誤解を解くべく、これからやろうと思っていることを話した。
「庭に畑……いえ、薬草園を作るのですか?」
「森の奥地に薬草を採りに行く……待ってたぜ、このときをよ!」
「アクセル、本気なの? 安全になりつつあるみたいだけど、ユリウスが言っていたように、生き残りのフォレストウルフがまだいるかも知れないよ?」
三者三様の反応である。この様子だと、アクセルは薬草を採りに行くのは賛成みたいだな。キャロとイジドルは困惑。あとはミュラン侯爵を説得できるかにかかっているな。
ミュラン侯爵が決断するまでに時間がかかりそうなら、その間に調合室にあった箱を”保存容器”に作り替えておこう。どのみち必要だ。
そしてミュラン侯爵が、俺に魔法薬の作り方を教えてもらおうと思っているのなら、この要請を断れないはずだ。あとは一体どんな魔法薬師が来るかだな。
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