第338話 のぼせる
使用人たちがファビエンヌの体を洗い始めたので、慌てて湯船の中にエスケープする。いつも通りに行動したのだろうが、今日は風呂場に俺の存在があることを認識しておいてもらいたかった。
チラッと見えたが、あれはまずい。お義姉様方のたわわな物を見たときとは全く違う。
あのときも見てはならないものを見てしまった感はあったが、今回は別格だ。見てはならぬ。罪悪感が半端ない。
「ユリウス様、どうかなさいまいしたか?」
後ろでちゃぽんと湯船にだれかが入っていくる音がした。それも複数。恐らく使用人たちも一緒に入って来たのだろう。
振り向いて良いのか、悪いのか。振り向かないとダメだよね。
「えっと、ちょっと考え事をしててさ」
「どのようなことを考えていたのですか?」
「……」
タオル! タオルはどうした? 何で湯船に入るときにタオルを取った? いや、まあ、湯船にタオルをつけてはいけないのはお風呂に入るときのマナーではあるけどさ。タオルを外さないように言ったよね?
一応は両手で胸を隠しているけど、それが余計によろしくないぞ。余計に意識してしまう。
耐えろ、耐えるんだ。俺ならできる。会話を続けるんだ。当たり障りのない会話を。
「調合室の扉を自動で閉まるようにしたいと思ってさ」
「そのようなことができるのですか?」
「実際にやってみないと分からないけどね。こんな感じで……」
自然な動作でファビエンヌの隣に移動する。よし、この位置ならのぞき込まなければ見えないぞ。だから鎮まるんだ。鎮まりたまえ。
「確かにこのやり方なら、自動で閉まるかも知れませんわね」
「あとは指を挟まないように、このくらいの幅になったら一度止まるようにすればいいかな?」
親指と人差し指を広げて見せた。五センチくらいかな? そこからはさらにゆっくりと閉まるようにすればケガをする人は少ないはずだ。重りじゃなくて、バネを利用しても良いかも知れない。
「安全にも気をつけているのですね。さすがですわ」
うれしそうにこちらに笑顔を向けるファビエンヌ。ほほが少し上気しているのは、お風呂に入って血の巡りが良くなったからだろう。ちょっとなまめかしく見えるのは気のせいだ。きっと。
「たまにはこうして肩を並べてお風呂に入るのも良いね。でも、お父様とお母様に見つかったら、なんて言われるかな」
やんわりと、「これからは遠慮してよね」と言ったつもりだった。だがしかし、ファビエンヌには通じなかったようである。首をかしげていた。どうして……。
「おかしいですわね? ダニエラお義姉様はそのようなこと、一度も言われたことがないから大丈夫だとおっしゃってましたけど」
あー、なるほど? アレックスお兄様とダニエラお義姉様はそれなりの頻度で一緒にお風呂に入っているというわけですね。そうなると、カインお兄様もミーカお義姉様と一緒にお風呂に入っているのかな?
それなら俺たちだけ一緒に入らないのはおかしいよねー。……おかしいのか?
「えっと、それなら一緒にお風呂に入っても問題ないのかな?」
「はい、問題ありませんわ」
どうやらハイネ辺境伯家の家系は、総じて女性の方が権力が強いようである。これはもうお家芸だな。それなら俺も従うしかない。異端児と思われるわけにはいかないからね。
そこからは雪が溶けたらどこどこに行こうとか、どんな本を読んでいるのかなどの話をした。
よく考えたら、ファビエンヌとは魔法薬の話をすることが多くて、今みたいな話をする機会が少なかったな。だからファビエンヌが俺をお風呂に誘ったのかも知れない。
これはしっかりと反省しないといけないな。魔法薬は大事だが、それだけの男になってはいけない。
先にファビエンヌをお風呂から上がらせる。これなら一緒にお風呂から上がることにはならない。ファビエンヌが脱衣所からサロンへ向かったとネロからの報告が来たときにはすでにのぼせてしまっていた。
「ユリウス様、無理はいけませんよ。無理をするくらいなら、一緒にお風呂から上がって下さい」
「そうは言うけどね、なかなかそう簡単にはいかないんだよ」
「お気持ちは痛いほど分かります。ですが、体調を崩されるよりかは良いかと思います」
「分かった。次からは気をつけるよ」
本当は一緒にお風呂に入らないようにするのが一番だと思うんだけど、それは言えそうにないんだよな。どうするか。服を着たまま入ることができれば……ん? 服を着たままお風呂に入る?
「水着だ、水着を作れば良いんだ。何で今まで気がつかなかったんだ!」
「ユリウス様?」
「ネロ、水着だよ、水着!」
「はぁ」
ネロが困惑しているが、そんなの関係ねぇ。俺は水着を作るぞ、ネロー! 『裁縫』スキルと『糸作成』スキルをいつ使うのか。今でしょ。
足下がふらつく状態で部屋に戻ろうとしたらネロに止められた。そしてそのままファビエンヌが待つサロンへと引っ張られて行った。
「ユリウス様! どうされたのですか?」
「それが、どうやらお風呂でのぼせてしまったようでして……」
ネロが気まずそうにファビエンヌに説明した。情けないことに、俺はネロに支えられている状態である。生まれたての子鹿ほどではないが、腰を痛めたおっさんのようである。
「まあ! もしかしなくても私が原因ですわよね?」
「ファビエンヌ、違うから、俺がお風呂で考え事をしていたのが原因だから! だから泣きそうな顔をしないで」
今にもファビエンヌの目から大粒の涙が流れそうになっていたのを、慌てて人差し指ですくった。いかん、ファビエンヌに変な気をつかわせてしまってはならない。彼女はハイネ辺境伯家が無理して来てもらった、大事なお客様であり、俺の大事な婚約者なのだ。
「実はこんな物があったら、気兼ねなく一緒にお風呂に入れるんじゃないかと思って……」
水着の話をすると、ファビエンヌとネロが驚いていた。どうやら服を着たままお風呂に入るという発想はこれまでなかったようである。
お風呂は服を脱いでから入るもの。着たまま入ることを前提にした服など考えられなかったようである。
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