第286話 万年筆

 ミラを抱えたまま材料を求めて部屋の中をウロウロしていると、その姿を不審に思ったのか、ネロが尋ねてきた。


「ユリウス様、何をお探しですか? 私も手伝いますよ」

「ああ、大丈夫だよ。大したものじゃないからね……お、あったあった」


 ペンポイントに使えそうな合金を発掘した。この合金はとても硬くて加工しにくい。そのため魔道具の外装には向かないが、その代わりに耐久性が高いため、ペンポイントとして十分な性能を発揮してくれるはずだ。


 ペン先に使う金属は18金の金合金である。とっても豪華に見えるな。だがこの金合金なら柔軟性があるので書き心地はバッチリだ。


 集めた素材を作業台の上に載せる。胴体とフタの部分はパイン樹木にしよう。ちょうど手元にあるからね。漆塗りとかあれば良かったのだが、残念なことにそれはない。そのため天然木の木目を生かすことにした。


 インクの吸入方法は吸入式にした。ペン先と反対側にある栓を回すことで、胴体部分のインクタンクにインクが入る仕組みだ。インクタンクの内部は、インクが漏れ出さないようにするために二重構造にして、その内側をブルースライムの粘液でコーティングしよう。


「ユリウス様、何を作るおつもりですか?」

「キュ?」

「二人とも、だれにも内緒だよ? 万年筆を作ろうと思っているんだ」

「万年筆?」

「キュ?」


 首をかしげる二人。まあ万年筆が何なのか分からないよね。説明するよりも実物を作った方が早いと思ったので、まあ見ていなさいとだけ言っておいた。

 ササッとペン先を作り、書き心地を確かめる。まあ良さそうだな。


 続けて胴体部分も作製する。『クラフト』スキルは本当にチートスキルだな。思った通りにサクサクと工作することができる。

 フタの開閉は回転式にした。これなら何かの弾みでフタがあいたり、フタを開けるときに勢い余ってインクをぶちまけたりすることはないはずだ。インクの量を細かく調整してくれる櫛溝も今のところ問題なさそうである。


「完成したぞ。それじゃさっそく試し書きだな」

「これが万年筆……」

「キュ……」


 さすがのミラも、自分も作りたいとは言い出さなかった。ガラスペンと違って複雑だからね。部品の数もそれなりに多い。なるべくはめ込み式にしているが、どうしても接着する部分が出てしまう。


 ネロに用意してもらった紙にサラサラと書く。書き心地に問題はなし。インクの漏れもないようだ。少し力を入れれば、それに呼応するかのように線の幅が変化した。


「問題なさそうだな。まさか一回でそれなりの物が完成するとは思わなかった。自分の才能が怖い」

「私はユリウス様の発想の方が怖いですよ」

「キュ」


 自分の発想ではないため、非常に複雑な気持ちである。転生者たちはみんなこんな思いをしているのかな。たぶんそうだろう。そのまま万年筆の書き心地を試している間にお昼の時間になった。


 魔石バーナー作りに熱中しているロザリアを何とか引き連れて食堂へと向かう。天気が良いので外で食べるのも良いかと思ったけど冬なんだよね。さすがに寒すぎるのでやめた。

 たどり着いた食堂はガランとしていた。


「だれもいないみたいだね」

「それならサッと食べて、すぐに戻りましょう!」

「ロザリア、ちゃんと休憩も取らないといけないよ」


 このまま一日中休むことなく魔道具作りをしそうなロザリアに思わず苦笑してしまう。さすがの俺でも途中で休憩を挟むので、どうやらロザリアは筋金入りの職人のようである。

 レディーとしてはちょっと問題があるかも知れない。ここは俺がしっかりと休憩を挟むように教えなければならないな。


「ユリウス様、どうやらサロンで昼食を取っているみたいです」

「そっか。あそこの方が日当たりも良いし、リフレッシュできるかも知れないね。俺たちもそこに行けるかな?」

「問題ありませんよ。すぐにそちらに昼食をお持ちします」


 昼食の手配に向かうネロと別れ、リーリエと一緒にサロンへと向かう。そこにはネロが言った通り、お母様とアレックスお兄様、ダニエラお義姉様の姿があった。カインお兄様とミーカお義姉様は騎士団の宿舎で食べるのかな? いつも通りだな。

 お父様はきっと執務室で食べるのだろう。ハイネ辺境伯の当主は大変そうだ。ああは成りたくないものだな。


「あら、ユリウス、ちょうどあなたの話をしていたところよ~」


 お母様がニッコリと笑っている。笑っているはずなのだが、どこか背筋がゾッとするようなこの感じ。似ている。やらかした俺に苦言を呈するときのお母様の感じに、似ている。


「そ、そうですか。私とロザリアもここで昼食を食べることにしたのですよ」

「それなら良かったわ。ちょっと聞きたいのだけど、これは何かしら?」


 お母様の手元には液体のりがあった。どうやら使ってくれているようだ。筆まめで良く手紙を出しているお母様なら使ってくれると思っていた。ダニエラお義姉様も手紙を書くことは多いはず。使ってもらえると良いんだけど。


「私が作った液体のりです。それがあれば、封蝋の手間が省けるんですよ。使い心地はどうですか?」

「とっても良かったわ。封蝋がいらないくらいにね。これで気軽に手紙が出せるわ~」


 ならばヨシ、と思うんだけど違うのかな? アレックスお兄様とダニエラお義姉様がちょっと困った顔をしている。一体何があったのか。


「私のお友達にもプレゼントしてあげたいのだけど、お願いできるかしら? きっと商品として売りに出しても、売れると思うのよね~」


 そう言ってチラリとアレックスお兄様の方を見た。なるほどね。仕事が増えるよ、やったねアレックスお兄様! それで困った顔をしていたのか。ガラスペンの製造にめどがついたと思ったら、もう次かよってところかな? これは万年筆の話は当分出さない方が良いな。


「ところでユリウス、その胸に刺さっているものは何かな?」

「え、これですか? えっと……」


 怖い! お兄様の笑顔が怖い! そしてダニエラお義姉様の笑顔が引きつっているぞ! お姫様の顔を引きつらせるとか、俺はどんだけ罪な男なんだ。

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