第259話 洗濯機

 アレックスお兄様の底知れぬ魂胆に恐れおののいている間にも話は進んで行った。


「ロザリアちゃん、その洗濯機の魔道具というのはどのようなものなのかしら?」


 湯船につかるダニエラお義姉様があごに人差し指を置いた状態で首をかしげた。得意気な顔をしたロザリアが泡だらけの体をこちらへ向ける。どうかミーカお義姉様がロザリアにお湯をかけることがありませんように。


「洗濯機の魔道具はボタンを押すだけで汚れたものをキレイに洗ってくれる魔道具ですわ。最後に乾かしてくれるので、洗濯物を干す必要もないのです。だから雨の日でも大丈夫なのです!」


 ロザリアが力説した。なかなか良いマーケティングである。だがしかし、ここにいるメンバーは自分たちで洗濯をしない。そのため、そのすごさはあまり伝わらないと思っていたのだが……。


「すごいわ! そんな便利な魔道具を作り出すなんて。きっと学園のお友達も喜ぶわ。汚れた服を洗濯するのは大変だったもの。それに雨の季節は全然服が乾かないし、かと言って、部屋の中で魔法を使うわけにもいかないし」

「学園の訓練場にぜひ欲しい魔道具だね。ユリウス、ロザリア、いくつか俺にも作ってもらえないか? もちろん代金は払う」

「私にもお願いしますわ」


 カインお兄様とミーカお義姉様が激しく食いついた。そうか、剣術の訓練で服が汚れるからね。汗ばむ季節になれば、下着も頻繁に取り替えることになるだろう。そうなれば、洗い物がどんどん増えるはず。


「もちろんですよ。代金は――さすがに受け取るわけにはいきませんよ。だって、家族ですからね」

「ユリウスちゃん……」


 感極まって俺に飛びつこうとしたミーカお義姉様を、間一髪で湯船から飛び出たカインお兄様が抑えた。危ない危ない。あの状態なら確実にタオルがはだけ落ちていたぞ。

 カインお兄様は脱げそうになったミーカお義姉様のタオルを頑張って何とかしようと格闘していた。その顔はとても赤いが、満更でもなさそうだった。良い仕事をしたのかも知れない。


「ユリウスの言う通り、代金は要らないよ。製作費はハイネ辺境伯家から出るだろうからね」

「洗濯をしたことはありませんが、二人がそれほど欲しがるので気になってきましたわ」

「それなら、お風呂から上がったら二人に実演してもらいましょう。もう完成しているんだよね?」


 アレックスお兄様が俺の方を見た。俺はそれを右から左に、ロザリアへと受け流した。ロザリアが力強く両手の拳を握り、腕をくの字にして前に出した。


「もちろんですわ。すでに完成しておりますわ。何度も試運転をしてダメだったところは直していますので、今度こそ、うまくいくはずですわ!」


 それすなわち、まだ完成していないと言うことである。どこからその自信が湧いてくるのやら。でもその気質がなければ、とてもではないが魔道具師には成れないだろう。何度も失敗して、それでもあきらめずに作り続けることで、ようやく一つの魔道具が完成するのだ。


「ウフフ、楽しみだわ。ほら、ロザリアちゃん、シャワーでお湯をかけてあげるわね~」


 俺とお兄様は慌ててロザリアから目をそらした。いくら子供とは言え、一人のレディーであることには間違いない。どうやらお義姉様たちにはその感覚が少しズレているようなところがある。わざとなのか、本気で分かっていないのか、それが分からない。

 三人と一匹を先にお風呂から上げさせたあとで、俺たち三人は湯船に肩を並べた。




「アレックスお兄様、どうして許可をするんですか」

「それなら、ユリウスがダメだってハッキリと言えば良かったじゃないか」

「私は末弟ですよ? そんなこと言えるわけがないじゃないですか」

「カインもカインだよ。どうして止めないんだい?」

「それは、その、言いづらかったからですよ」


 お風呂の時間が終わるときに、ダニエラお義姉様が「またみんなで一緒にお風呂に入りましょう」と言ってきたのだ。どうやらよほど「家族と一緒に入るお風呂の時間」が楽しかったようである。そしてそれにすぐに便乗したのがロザリアとミーカお義姉様だった。


 その勢いにアレックスお兄様でさえあらがうことができず、許可をしたのがつい先ほどの出来事である。三人はうれしそうにミラを抱えてお風呂から上がっていった。

 その際に、見てはならないものを見てしまった俺たち男三人衆は湯船の中にエスケープし続けていた。湯船につかった状態で見上げたらそうなるよね。この次は気をつけよう。


 風呂から上がった俺たちがサロンに向かうと、そこにはすでに洗濯機の魔道具が用意されていた。部屋にはロザリアとお義姉様たちの他にも使用人の姿があった。どうやら一緒に見学するつもりのようである。

 ちょうど良いな。ロザリアが呼んだのかな? グッジョブ。だいぶロザリアも、だれの何のために魔道具を作るのかが分かって来たようである。


「これが洗濯機の魔道具が。結構大きいんだね」

「一度にそれなりの量の洗濯物を洗うことができるように設計しました。小型化もできるので、あとは様子を見てから改良したいと思っています」

「本当にこれで洗濯ができるのかしら? ちょっと信じられないわ」


 不思議そうに洗濯機を見つめるミーカお義姉様。まあ初めて見る人はそうだろうな。洗濯板を使ったり、足で踏んだり、揉んだりするのが今の主流だからね。ドラムの回転と水流を使って洗うだなんて考えたこともないはずだ。俺も現代家電の基礎知識がなければ作ろうとも思わなかっただろう。


「それでは試しに洗ってみましょう。汚れたハンカチーフかタオルなんかがあれば良いんだけど」

「ユリウス様、こちらに」


 ネロがスッと少し汚れたハンカチーフを差し出してくれた。さすネロ。残念なことに、この世界にはまだ液体洗剤が存在しないので、石けんを細かく切ってお湯に溶かすという作業をしなければならない。


 しまったな。液体洗剤も一緒に開発しておくべきだった。あとで魔法薬の一つとして液体洗剤を作っておこう。ゲームの中に液体洗剤のレシピがいくつかあったはずだからね。主に染色した装備の色を元に戻すアイテムだったけど。


 簡易液体洗剤を準備したところで、いよいよ洗濯機の魔道具を作動させた。お前の力を見せてやれ!

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